食糧危機を打開!? 農業の未来に新たな可能性をもたらす「垂直農業」とは?<デジタルトランスフォーメーションを考える34>

世界で注目を集める「垂直農業(Vertical Farming)」

先日、日本経済新聞に次のような記事が掲載されました。

気候変動と新型コロナウイルス禍が世界で深刻な食料不足をもたらしている。国連によると、2020年は7億2000万~8億1100万人が飢餓に苦しみ、前年比で約1億6000万人増えた。農作物の不作や輸出制限で食料価格が高騰しており、飢餓人口は一段と増える恐れがある。(日本経済新聞朝刊 2021年7月25日 )

上記記事にはさらに、アフリカの島国であるマダガスカルが過去40年間で最悪の干ばつに見舞われていること、ホンジュラスやニカラグアなどの中米4カ国で飢餓人口がこの3年間で3倍以上の800万人にまで増加していることなどが書かれています。また最近では、日本の北海道でも今年「100年に一度」レベルの少雨と猛暑となり、乳製品や農作物の生産量に影響が出始めていることなども報じられました。世界各地で同時発生している異常気象、そして増え続ける世界人口。世界中が食糧問題に真剣に向き合わなくてはならない時代が差し迫っています。

 

そんななか、テクノロジーで食糧危機を救い、持続可能な地球をつくる動きが加速しています。いわゆる「アグリテック」の分野です。なかでも今、「垂直農業(Vertical Farming)」という手法が世界的に大きな注目を集めています。

 

「垂直農業」とは、室内で、土を使わずに、高層ビルの階層などを利用して垂直的に農作物を栽培する方法です。従来の農業では広大な土地に1種類の作物を栽培することが一般的でしたが、垂直農業では文字通り垂直に組み上げられた棚の上でLEDライトなどを使って野菜を育てます。栽培用の土地が少ない都市部でも野菜の栽培が可能となり、気象状況に関係なく安定して栽培をすることができる農法です。そのほか、通常の農園に比べて水の使用量を大幅に削減することができ、農薬や化学薬品も使用せずにすむというメリットもあります。

 

アメリカの垂直農業スタートアップ  Bowery Farming社が3億ドルを調達

今年5月には、ニューヨークを拠点とするアメリカ最大の垂直農業スタートアップBowery Farming社が3億ドル(約326億円)を調達したことを発表しました。ナタリー・ポートマンやジャスティン・ティンバーレイクなど、セレブ個人投資家も出資したことでも注目を集めています。

 

同社は、IoTセンサー・コンピュータービジョンシステム・機械学習モデル・ロボット工学など最新のテクノロジーを搭載した独自のソフトウェアシステム「BoweryOS」を開発し、作物の成長プロセスを24時間365日監視しています。水や光などが完全にコントロールされた環境で栽培される同社の野菜やハーブは、畑の2倍以上の速さで成長。収穫後はアマゾンフレッシュ・ウォルマート・ホールフーズなどの大手小売りチェーン店や専門食料品店などに卸されています。現在、オンラインも含めて700以上の店舗で販売されており、今後さらにマーケットを拡大していく予定のようです。

 

Bowery Farming社の垂直農業の様子は、アメリカのフード情報サイト “EATER”の公式YouTubeチャンネルで見ることができます。

“How an Indoor Farm Uses Technology to Grow 80,000 Pounds of Produce per Week ”

 

動画を見ると、まさに「植物工場」。すべてが自動化されており、種まきから収穫まで人間は一切作物に触れることはありません。インタビューのなかで、社員が「人間ができるのはプロセスを邪魔することだけ」と自虐的(?)に答えているのが印象的です。

 

垂直農業の課題と将来への期待

垂直農業はまだまだ発展途上の技術であり、栽培を安定させるための温度調整や水の適切な管理など環境をコントロールすることは簡単ではありません。また設備投資や電気代などのコストも高く、まだまだ収益性の高いモデルとはいえないようです。販売価格も高く、現場は食にこだわる一部の富裕層のための野菜・ハーブといった印象にとどまっています。しかし。ここ数年、垂直農業の分野で活躍するスタートアップ企業の数が世界で増えています。

 

天候に左右されることなく、安定して食料供給ができるというのが垂直農業の最大のメリットですが、垂直農業のメリットとしてもうひとつ挙げられるのが「カーボンフットプリント」の削減です。カーボンフットプリントとは、生産・流通を経て最後に廃棄・リサイクルにいたるまでのライフサイクル全体を通して排出される二酸化炭素排出量のことです。生産地から消費地までの距離が長くなればなるほど、食料を運ぶための燃料や労働力が必要となり、また鮮度を保つために使用される化学薬品が土壌を汚染します。これだけの多くの弊害を生みながら、消費者の手に届くまでに多くの食料が傷ついたり腐ったりして廃棄物となってしまいます。2050年には世界人口の70〜80%が都市部に住むようになると予測されています。垂直農業は二酸化炭素排出量を削減しながら都市部に効率的な食料供給ができる手段として、大きく期待されています。

 

さらにLEDライトを使った栽培では、光の色や強さで味や栄養素を調整することができるということがさまざまな研究によって実証されてきました。将来的には、個人好みの味で野菜を楽しむことができるだけではなく、身体データを診断・分析して必要な栄養素に調整された野菜が届くというようなことも起こるかもしれません。

 

垂直農業が日本の農業の閉塞感を打開する!?

日本では現在、紀ノ国屋インターナショナル青山店などで、垂直農業の技術を活用して店内で育てた野菜を購入できます。技術を提供しているのはベルリン発のスタートアップInfarm社です。店内にガラス張りのプランターを設置し、リモートコントロールにより最適な生育環境を構築。さまざまな葉野菜・ハーブを栽培しています。

 

日本の農業に目を向けると、農業人口の減少や高齢化による労働力不足が深刻化しています。農業の現場では人手を必要とする作業や熟練者でなければできない作業がまだまだ多く、省力化や技術の継承が重要な課題となっています。また多くが家族経営であり、地縁のない若者が新たに就農するにはハードルが高いという現状があります。こういった状況を打開すべく、農林水産省もロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する新たな農業を実現する「スマート農業」を推し進めていますが、新興企業が参入して農業をドラスティックに改革するということがなかなか起きません。その理由のひとつに1952年に制定された農地制度があります。日本ではこの農地制度により、一般企業が農地を所有することが認められていません。もちろん自然環境の保全や文化の伝承などの面で農地が守られることは大切ですが、農業の担い手を増やすという意味では規制緩和も重要です。

 

垂直農業を行う植物工場は、田畑と同じように農作物を栽培しているにもかかわらず農地とは認められていないため、企業が自由に参入することができるというメリットがあります(ちなみに作物を栽培していても農地ではないので、残念ながら税金が優遇されることはありません)。垂直農業にはバイオテクノロジー・IoTセンサー・ロボット工学・ブロックチェーンなど、さまざまな最新テクノロジーが関連しています。多種多様な専門技術をもった人材が農業に携わり、新たな農業のかたちをつくりあげることで、日本の農業が抱える閉塞感を打開し、業界を活性化させていくことも大いに期待できるのではないでしょうか。

 

人類は長い間、「必要な食料をいかに確保していくか」という課題に向き合ってきました。製薬から宇宙開発まで多分野への応用も期待されている垂直農業。さまざまな課題は残されていますが、垂直農業をきっかけに食料生産に変革が起き、農業をとりまく幅広い領域で新たなフードビジネスが生まれることを楽しみにしたいものです。

 

 

筆者プロフィール

大澤 香織
大澤 香織
上智大学外国語学部卒業後、SAPジャパン株式会社に入社し、コンサルタントとして大手企業における導入プロジェクトに携わる。その後、転職サイト「Green」を運営する株式会社I&Gパートナーズ(現・株式会社アトラエ)に入社し、ライターとしてスタートアップ企業の取材・執筆を行う。2012年からフリーランスとして活動。
北海道札幌市在住。

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