ポストコロナ社会のキーワード「ウェルビーイング」とは<デジタルトランスフォーメーションを考える41>

ウェルビーイングって一体なに?

最近よく「ウェルビーイング」という言葉を目にします。働き方改革や健康経営などの文脈で登場することが多い言葉ですが、このウェルビーイングとは一体どういうものなのでしょうか。

 

実はウェルビーイングという言葉自体の歴史は古く、1946年に世界保健機関(WHO)が設立される際に世界保健機関(WHO)憲章前文のなかで初めて使用されました。

その前文の一部がこちらです。

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。

(公益社団法人日本WHO協会 HPより)

 

ここでのwell-beingは広い意味での「健康」を定義するなかで使われています。直訳すると「満たされた状態」「良い状態」という意味ですが、一般的には「身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること」という概念で使われることが多いようです。「幸福」「健康」などと訳されることもあります。

 

ウェルビーイングが注目を集めている背景

さて、ではなぜこのウェルビーイングに注目が集まっているのでしょうか。その理由のひとつに、近年、資本主義経済の負の側面である格差、貧困、資源や環境問題などさまざまな課題が深刻化しつつあることが挙げられます。さらに新型コロナウィルスのパンデミックにより、想像以上の長期間に渡って人々の心身の健康や社会のつながりが脅かされることとなりました。

 

そんな状況を背景に、2021年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)では、現在の社会を構成する金融や社会経済などのさまざまなシステムを一度すべてリセット・再構築する「グレート・リセット」がテーマとして掲げられました。ここ数年のESG投資の盛り上がりからもわかるように、経済的な豊かさばかりを追求する従来型のシステムを見直そうという動きが世界的に高まっています。モノの豊かさから心の豊かさや持続可能な社会を重視した経済へと変化するなかで、ウェルビーイングというキーワードが重視されるようになっているのです。

もうひとつ、学問的な背景もあります。1980年代以降、心理学者を中心に「幸福」に関する研究が盛んに行われるようになりました。幸福研究の第一人者といわれているのがエド・ディーナー氏です。エド・ディーナー氏は、人々の幸福の値を統計学に測るという画期的な手法を生み出しました。「人生満足尺度」を開発し、幸せと性格の関係や幸せと収入の関係、また幸せへの文化の影響などを解明し、注目を集めました。「幸福感の高い人は、そうでない人と比べて創造性が3倍高く、生産性は31%、売り上げは37%も高い」、また「幸福度が高い人は、欠勤率や離職率が低い」などといった研究結果も発表しています。

 

そのほか「フロー体験」理論(人は何かしているときに熱中するあまり忘我の感覚となる)を提唱するミハイ・チクセントミハイ氏や、「ポジティブ感情(Positive emotion)、何かへの没頭(Engagement)、人との関係(Relationship)、生きる意味(Meaning)、達成(Accomplishment)」の5つを満たしている人が幸せだという「PERMA理論」を提唱するマーティン・セリグマン氏など、近年、さまざまな研究者によって人々の幸福が定義・測定され始めています。そして、人の幸福度が労働生産性や創造性とつながっていることが証明されるなかで、ウェルビーイングに注目する経営者も増え始めているのです。

 

日本ならではのウェルビーイングを考える

「幸福」「よい状態」という感覚は非常に主観的なもので、そこには文化的背景や生活環境も大いに影響します。ウェルビーイング研究は欧米を中心に始まりましたが、実は欧米での研究・調査は異なる文化の間や個人の間の違いについてはあまり考慮されていないようです。欧米では確立された個人のウェルビーイングを満たすことが社会への貢献につながるという考え方が強い一方、日本や東アジアでは、集団のゴールや人間同士の関係性、プロセスのなかでウェルビーイングという価値をつくりあうという考えがより重視されています。したがって、ウェルビーイングに率先して取り組んできたアメリカやヨーロッパの研究結果や事例が、そのまま日本の社会や日本企業にあてはまるとは限りません。

 

日本では2019年から施行されている「働き方改革関連法案」により、長時間労働の抑制や多様な働き方を認める環境づくりに力が注がれるようになりました。また経済産業省が提唱する健康経営により、従業員の健康維持・増進やメンタルヘルスの向上に取り組む企業も増えています。しかしウェルビーイングの定義が曖昧なこともあり、「心と体の健康」への対策にとどまる企業がほとんどのようです。日本でウェルビーイングを考える際には、心身の健康だけではなく、会社組織内の信頼やネットワークワーク、また社会や地域コミュニティにおける人々の相互関係や結びつきを支える仕組みまで含めた視点で考えていく必要がありそうです。

 

さて、日本企業でいちはやくウェルビーイングへの取り組みをスタートさせたのが楽天です。楽天では、「CWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)」を設置し、コレクティブ・ウェルビーイングというコンセプトを掲げて、従業員のウェルビーイングの実現に取り組んでいます。

 

コレクティブ・ウェルビーイングは「ある目的のもとに、ありたい姿を持つ多様な個人がつながりあった持続可能なチームの状態」と定義されています。そしてコレクティブ・ウェルビーイングを実現するために、「三間(さんま)と余白」という概念を大切にされています。三間は「従業員同士をつなぐ工夫をすること(仲間)」「時間を区切って節目を作ること(時間)」「働く空間を整えること(空間)」の三つの間で構成されています。またこれらの「間」に対して「余白」を設けること推奨しています。これまでは、ヒト・モノ・カネといった資産を効率的に管理し活用することこそが企業の利益に直結すると考えられてきました。しかし効率を追求するなかで失われてしまう「余白」こそが組織や個人の能力を引き出し、持続可能な社会に貢献することにつながる、というのがコレクティブ・ウェルビーイングのポイントです。

 

日本のウェルビーイング研究の第一人者である前野隆司・慶應義塾大学大学院教授は、つながりの強さだけではなく、老若男女、地域、スキルなどが異なる「多様な人たちとのつながり」と関わる頻度が幸福度を高めるという研究結果を発表しています。会社組織の中での親密なつながりだけではなく、多様なコミュニティのなかで、さまざまな人たちと関わることが人々の幸福感を高め、生産性や創造性の向上にもつながっていくのです。

 

自分と他者を含めた一人ひとりがどういう状態をよいと感じるのかを知ることがウェルビーイングに近づく第一歩。「日本的Wellbeingを促進する情報技術のためのガイドラインの策定と普及」プロジェクトでは、組織の中でウェルビーイングを実現するためのワークショップマニュアルを作成しています。ウェルビーイングは、単なる個人の心身にとどまるものではなく、人と人のつながりや社会を豊かにするものであり、さらにはテクノロジーのビジョンまでつくりだす可能性を秘めています。まだ曖昧な部分は多くありますが、企業活動においても重要なキーワードとなるウェルビーイングについて、ぜひ考えてみてはいかがでしょうか。

筆者プロフィール

大澤 香織
大澤 香織
上智大学外国語学部卒業後、SAPジャパン株式会社に入社し、コンサルタントとして大手企業における導入プロジェクトに携わる。その後、転職サイト「Green」を運営する株式会社I&Gパートナーズ(現・株式会社アトラエ)に入社し、ライターとしてスタートアップ企業の取材・執筆を行う。2012年からフリーランスとして活動。
北海道札幌市在住。

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