賃金のデジタル化とシステムに求められる機能について
令和5年(2023年)4月より労働基準法施行規則の一部が改正され、賃金をデジタルマネーにて受け取ることが可能になります。
今回はこの「賃金のデジタル化」について、概要と対応するためのシステムに求められる機能についてまとめてみたいと思います。
目次
賃金のデジタル化とは
現在、働くことで得られる賃金(給与)の受け取り方法として銀行口座への振込が一般的にですが、労働基準法では「賃金は通貨払い(現金払い)」が原則となっており、労働者が同意した場合に限り例外として銀行口座と証券総合口座への支払うことが認められています。会社入社時に提出する書類のなかに銀行口座を記載する書類があったことを記憶している方も多いのではないでしょうか。その書類が賃金を銀行口座にて受け取ることに同意する書類だったりします。
賃金を通貨で受け取る以外の選択肢としては記載した通り、①銀行口座と②証券総合口座の2つでしたが、今回の労働基準法施行規則の改正に伴い3つ目として③資金移動業者の口座も選択肢として追加されることになります。
この「資金移動業者の口座」への賃金の支払いが「賃金のデジタル化」なのです。
※資金移動業者=スマートフォンにてよく利用されてる○○ペイなどが該当します。
賃金のデジタル化の背景
スマートフォンの普及により資金移動業者を利用したキャッシュレス決済の仕組みが導入され、そこへ新型コロナウイルス感染症の拡大により、例えばコンビニエンスストアなどにて買い物をした際に現金を直接受け渡しすることを避ける人が増えたことなどもキャッシュレス決済が広く普及した理由の1つになりました。
その他にも銀行から直接現金を引き出す機会も以前に比べ少なくなったこと、銀行口座を開設することが難しい外国人労働者への配慮などもあり、賃金を資金移動業者の口座にて受け取ることを可能にする「賃金のデジタル払い」が検討されるようになりました。
賃金をデジタル払いにするには
企業は厚生労働大臣より指定を受けた資金移動業者のみ賃金支払先の口座として利用することができます。
ただし、その口座を利用し賃金を支払うには事前にいくつか行わなければならないことがあります。
まず、労使協定の締結です。
労働組合がある場合にはその労働組合と、ない場合には労働者の過半数を代表する者と、賃金デジタル支払いの対象となる労働者の範囲、取扱指定資金移動業者の範囲について締結します。
次に、労働者と資金移動業者の口座を利用することについて必要事項が含まれた書面にて同意を得る必要があります。
書面にて記載が必要な内容は以下です。
- 口座振込を希望する賃金の範囲(定期賃金、賞与、退職金などの範囲)と金額
- 銀行や証券口座に関する口座番号などの情報、または資金移動業者の業者名、サービス名、口座番号(アカウントID)、名義人など情報
- 開始希望日
- 代替口座として指定する銀行や証券口座に関する口座番号などの情報
労働者は賃金デジタル化について留意事項を理解し労使協定を締結した上で、賃金を資金移動業者の口座での受け取りが可能になります。
※労働者が希望しない場合にはこれまで通り銀行口座での賃金の受取は可能であり、希望しない労働者へ資金移動業者の口座での受け取りを強制することはできません。
※労働者は賃金の一部を銀行口座、残りを資金移動業者の口座で受け取ることも可能です。
利用可能な資金移動業者について
まず、資金移動業者として業務を行うには資金決済法に定められている要件を満たし、内閣総理大臣よりライセンス登録の許可を受ける必要があります。
※資金移動業者は2022年9月末時点で85業者あります。
そこから賃金を受け取ることのできる資金移動業者になるには、労働基準法施行規則に定められている要件を満たし、厚生労働大臣より指定を受ける必要があります。
労働基準法施行規則に定められている要件の主な内容は以下です。
- 資金移動業者の口座への受け入れ上限金額を100万円以下に設定し、それを超えた場合には労働者が予め指定した銀行または証券総合口座に当日中に資金移動業者が送金可能とすること
- 資金移動業者が破産手続きを行った場合などに、口座にある金額を契約先の保証機関が労働者に速やかに戻すことができるようにしておくこと
- 資金移動業者の口座がその労働者以外の者から不正に引き出された場合、労働者に過失がなければ全額保証できる仕組を持つこと
- 資金移動業者の口座から資金移動が最後にあった日から10年間は資金移動できるようにしておくこと
- 銀行または証券総合口座への資金移動を1円単位でできるようにすること
- ATMなど利用や銀行または証券総合口座への出金を1円単位でできるようにし、少なくとも月に一回は手数料などの負担がないようにすること
- 資金移動業者が厚生労働大臣へ賃金支払業務の実施状況と財務状況を報告できるようにしておくこと
- 1~7を確実に行い、それ以外にも賃金支払に関する社会的信用が得られるようにすること
これらの条件を全てクリアすることで、賃金のデジタル払いに伴い利用することが可能な資金移動業者となります。
賃金のデジタル払いに伴いシステムに求められる機能
賃金のデジタル払いはこれまでになかった給与の支払い方法になるため、利用している給与システムをそれに対応させる必要があります。
ここからは賃金のデジタル払いに伴う業務管理システムに求められる機能について、筆者の考えも含めながら記載したいと思います。
まず、労働者への給与を○○ペイなどの資金移動業者の口座にへ振り込むための機能として、銀行口座への振込業務を効率的に行うことができるFBデータの生成・出力機能と同様に、振込に必要な情報を生成し出力する機能が必要になります。
また、そのデータ生成も賃金の範囲(定期賃金、賞与、退職金など)の指定を可能にし、それに従い給与の一部についてはFBデータとして振込情報を生成、残りは資金移動業者の口座への振込用データとして生成する、などを可能にする必要があります。
次に支払いの対象となる賃金が100万を超える場合の対応です。
賃金を受け取ることのできる資金移動業者になるための条件に「口座への受け入れ上限を超えた場合には予め指定された銀行口座に当日中に資金移動業者が送金する」というものはありますが、そもそも振込の対象となる給与が100万を超える場合には、振込時に予め指定した一部の金額を資金移動業者の口座へ振込、残りを銀行口座へ振り込むといった振り分け機能も必要になると考えます。
最後に、何らかの理由で資金移動業者の口座に振り込めなかった場合の対応です。
例えば労働者が指定した資金移動業者のアカウントが削除されていた、または、振り込まれた金額を受け取るには労働者側が「受取許可」を実行する必要があるがそれがされなかったために受け取られなかった、など振込結果を確認し再度送金する仕組みも必要になりそうです。
これらシステムに必要な機能について、利用している給与システムが今後対応する予定はあるのか、ない場合には個別開発(カスタマイズ)などで対応することになるのか、対応するために金額や納期はどの程度なのかなどを確認・検討する必要があります。
ただ、最近話題となっている電子帳簿保存法やインボイス制度とは異なり、労働者が希望した場合の選択肢が追加される改正であることや、労働基準法施行規則の改正後に賃金を受け取ることができる資金移動業者となるための申請が始まることからも、利用しているシステムに本機能が標準搭載されるには少し時間が掛かるかもしれません。
最後に
今回は「賃金のデジタル化とシステムに求められる機能」についてまとめました。
本記事が参考情報として少しでも役立てば幸いです。
<参考・引用>
厚生労働省:資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について
概要と経緯
労働基準法施行規則の一部を改正する省令
「労働基準法施行規則の一部を改正する省令の公布について」(局長通達1)
「賃金の口座振込み等について」(局長通達2)
※本記事の正確性については最善を尽くしますが、これらについて何ら保証するものではありません。本記事の情報は執筆時点(2023年2月)における情報であり、掲載情報が実際と一致しなくなる場合があります。必ず最新情報をご確認ください。
筆者プロフィール
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