デジタルトランスフォーメーションを考える(26)~予測不能な時代の新たなものの見方、「エフェクチュエーション」とは ~

優れた連続起業家に共通する思考プロセス、「エフェクチュエーション」

ここ数年、「VUCA時代」という言葉がよく使われますが、新型コロナウィルスの感染拡大以降は、1カ月先の見通しを立てることすら困難になってしまいました。今回の緊急事態宣言により、コロナ禍で懸命に立てた計画が再び白紙になったり、変更を余儀なくされたりしているケースも少なくないでしょう。不確実なことがあまりにも多いこの状況で唯一わかっていることは、「未来が予測できないなかで、さまざまな意思決定をしなくてはならない」ということです。そんななか、予測不能な時代の「新たなものの見方」として、「エフェクチュエーション(Effectuation)」という言葉が注目を集めています。

 

エフェクチュエーションは、バージニア大学ダーデン経営大学院のサラス・サラスバシー教授が体系化した意思決定理論です。サラスバシー氏は、優れた連続起業家が、どのような思考プロセスのもとで新たな事業や市場を生み出してきたのかを分析し、共通する思考・行動様式を体系化しました。調査対象となった起業家たちは異なるバックグラウンドを持ち、活躍する市場も多種多様でしたが、そこには大きな共通点が存在していました。それは、彼らが「目標」から逆算して手段を考えるのではなく、手持ちの「手段」からスタートし、それらを使って何が達成できるかを考えているということでした。

 

コーゼーションとエフェクチュエーション

エフェクチュエーションという名前は、原因と結果(cause and effect)の関係性が元となっています。サラスバシー氏は、目的に対する最適な手段(原因)を追求する従来の意思決定プロセスを「コーゼーション(因果論)」、その反対となる意思決定プロセスを「エフェクチュエーション」と名付けました。

 

コーゼーションでは、まず求める目的や結果を定め、その目的を達成するために何をすればよいかを考え、手段を選び、実践します。未来はある程度予測できる、もしくは未来は不確定だが、できるだけ予測して進めていく、という考えが前提となっています。従来の経営学では、このコーゼーションの考え方が一般的でした。

 

一方エフェクチュエーションでは、最初に目的や結果を設定するのではなく、自分が持っている「手段」を棚卸しするところからスタートします。手持ちのリソースや手段を使って何ができるかを考え、そこから目的や結果を探求していくのです。未来を予測しようとするのではなく、自らの手で未来に影響を与えていこうという考え方です。起業家たちがエフェクチュエーションの思考プロセスで新市場を創出してきたのは、彼らが生み出すものが、とても予測できないほど不確実であり、想定外のさまざまな事態に対処しながら成功を目指さなくてはならなかったためといえます。

 

エフェクチュエーションの4つの原則と1つの世界観

サラスバシー氏は、2008年に発表した著書『エフェクチュエーション−市場創造の実効理論』のなかで、エフェクチュエーションを構成する4つの原則と1つの世界観について説明しています。

 

原則①「手中の鳥(Bird in Hand)」の原則

「手中の鳥」の原則とは「今、手元にあるリソースから始める」ということです。優れた起業家は、まず手持ちのリソースを棚卸しし、そこからアイデアを生み出します。目的が見えていない段階でも、実行に移すという特徴があるのです。

リソースとして考えられるのは、以下の3つです。

1.「自分が誰であるのか? ~who they are~」:特質、能力、属性

自分の個性は何か、またどのような存在でありたいか。

 

2.「何を知っているのか? ~who they know~」教育、専門性、経験

仕事・私生活を含めて、これまでの人生で、どんな知識や経験を蓄積してきたのか。

 

3.「誰を知っているのか? ~whom they know~」社会的ネットワーク

直接の知人・友人だけでなく、他者を通じてつながる人々。また、その人たちが持つリソース。

 

原則②「許容可能な損失(Affordable Loss)」の原則

失敗は避けられないことを前提に、最悪の事態が起きた場合の損失を見積もり、その損失が許容範囲であれば実行するという考え方です。損失には、資金だけではなく費やした時間、信頼なども含まれます。ここまでは損失しても大丈夫と決めておけば、不確実な状況で行動を起こす心理的ハードルを下げることができます。

 

原則③「クレイジーキルト(Crazy-Quilt)」の原則

「クレイジーキルト」とは、さまざまな大きさや素材の布を不規則に縫い合わせて作るパッチワークです。多種多様な布を縫いつけて作品を作りあげるように、競合であろうと顧客であろうと関係なく、さまざまな関係者とパートナーシップを築きあげていくという考え方です。ここでも手段からスタートすることに変わりはなく、「何をするか」を決めてからパートナーを見つけるのではなく、結果としてできあがったネットワークの中で何ができるかを考えます。各メンバーのコミットの仕方は多様であり、環境が変われば、パートナーと共にまた新たなゴールを見つけていきます。

 

原則④「レモネード(Lemonade)」の原則

「レモネード」の原則は、”When life gives you lemons, you make lemonade.(人生でレモンを与えられたなら、レモネードを作れ)”という英語のことわざが由来となっています。ここでの「レモン」は「苦難や思いがけない問題」を指しています。未来を予測することが難しい時代には、予期せぬ事態も避けられません。当初の目的にたどり着かなくても、発想を転換したり、新たな要素を付け加えたりするなどして前向きに活用していこうという考え方です。

 

レモネードの原則の代表例が、3M社の「ポスト・イット」です。ポスト・イットは、強力な接着剤を開発するなかで、偶然くっつきやすく、はがれやすい接着剤ができてしまったことから生まれました。開発者が、この不思議な接着剤を何かに活用できないかを執念深く探り続けたことで、革新的な製品が誕生したのです。

 

世界観「飛行機の中のパイロット(Pilot-in-the-plane)」の原則

上記4つの原則の根底にある世界観が、「飛行機の中のパイロット(Pilot-in-the-plane)」の原則です。飛行機は高度な自動操縦機能を持ち、手動で飛行機を飛ばす時間は平均10分にも満たないといわれています。それでもパイロットは計器から目を離さず、状況に応じて手動と自動を使い分けます。人との出会いや失敗、偶然のできごとなど、さまざまな要素に関心をもち、そこから意味のあるものを生み出すべく、状況をコントロールし続けるというのが、「飛行機の中のパイロット(Pilot-in-the-plane)」の原則です。

 

誰でも起業家精神を身につけることができる

エフェクチュエーションでは①手元にあるリソースから始め、②許容可能な損失範囲のなかで何ができるかを考え、③予期せぬ事態も前向きに活用し、④コミットする意思をもつすべての人と交渉してパートナーシップを築き、⑤そこで新たな目的やリソースが生まれたら①に戻って、もう一度新しいサイクルを回すというように、手段をベースとして結果を生み出して行きます。もちろん、コーゼーションよりもエフェクチュエーションの方が優れているというわけではありません。サラスバシー氏は、イノベーションの過程や企業のフェーズによって、コーゼーションとエフェクチュエーションの2つの思考プロセスを、効果的に使い分けることが重要だと説いています。

 

エフェクチュエーションは、その発想の新しさだけではなく、誰にでも学習可能だという点からも大きな注目を集めています。「自分は起業には向いていない」、「新しいアイデアが浮かばない」と考える人でも、エフェクチュエーションの意思決定プロセスを元に行動すれば、イノベーティブな結果を生み出せる可能性が十分にあるのです。

 

先のことが予測できず、行動も制限されている今、多くの人が閉塞感を感じているのではないでしょうか。そんななか、エフェクチュエーションマインドを持って身の回りを見直してみれば、新たな希望やワクワクすることが見いだせるかもしれません。2021年、自分の中に小さな起業家精神を育て、日々の生活や仕事のなかで新しい挑戦をしてみてはいかがでしょうか。

 

 

筆者プロフィール

大澤 香織
大澤 香織
上智大学外国語学部卒業後、SAPジャパン株式会社に入社し、コンサルタントとして大手企業における導入プロジェクトに携わる。その後、転職サイト「Green」を運営する株式会社I&Gパートナーズ(現・株式会社アトラエ)に入社し、ライターとしてスタートアップ企業の取材・執筆を行う。2012年からフリーランスとして活動。
北海道札幌市在住。