テクノロジーが実現する新たな公共サービスのかたち「電子政府」<デジタルトランスフォーメーションを考える19>

電子政府(デジタル・ガバメント)とは?

新型コロナウィルスの感染拡大を受け、社会保障や税徴収などの行政手続をオンライン化する電子政府(デジタル・ガバメント)への動きが世界中で高まっています。

日本では、2001年に政府が 「e-Japan 戦略」を発表して以来、世界最先端のIT国家となることを目指し、電子政府を実現するためのさまざまな施策を進めてきました。2013年には省庁横断的にICTを推進する政府CIOを設置。2016年には行政手続のデジタル化に向け、国民一人一人にユニークな番号を付与するマイナンバー制度を成立させました。しかし、今のところ一般市民が「行政がデジタル化されて便利になった」と実感することはほとんどなく、電子政府という言葉に対する理解や認知度も極めて低い状況です。

 

この現状を打開すべく、2019年5月に成立したのが「デジタル手続法」です。「デジタル手続法」では、行政のデジタル化の実行計画として、次の三原則が掲げられています。

  1. デジタルファースト:個々の行政手続・サービスが、一貫してデジタルで完結する。
  2. ワンスオンリー:一度提出した情報は、二度提出することを不要とする。
  3. コネクテッド・ワンストップ:民間サービスも含め、複数の手続き・サービスをワンストップで実現する。

 

2020年3月に策定された「デジタル・ガバメント実現のためのグランドデザイン」では、ユーザー体験志向、API活用による民間サービスとの融合、政府情報システムのクラウド化・共通部品化、新しい開発手法やツールの導入によるデジタル化の加速、など、民間企業のデジタル変革の取り組みと変わらない目標が掲げられています。これまでの行政サービスは、利用者の使いやすさなどは二の次にされていた印象がありますが、デジタル・ガバメント構想に関するさまざまな資料を読むと、「テクノロジーを活用して、行政の仕組みそのものをユーザーファーストへと変えていこう」という強い意志を感じます。

今後は、この「デジタル手続法」のもとで行政手続オンライン化法・住民基本台帳法・公的個人認証法・マイナンバー法など、行政手続のデジタル・オンライン化に向けてさまざまな法令が改正されていくことが予定されています。改正された法令は、5年かけて順次施行されていくようです。

 

電子政府の一番の課題、「公的個人認証」

さて、人々がインターネットを通して行政手続をしたり、さまざまな公共サービスを受けたりするにあたって、まず解決しなければならないのが「本人確認」の問題です。通常、窓口での手続では、顔写真つきの身元確認書類を提示することで、本人確認を行っていますが、インターネット上では顔が見えません。手続きをしている人が本人であることを証明することを「公的個人認証」と呼びます。「公的個人認証」は行政手続のデジタル・オンライン化の重要な基盤となります。

ちなみに、総務省の定義では、

公的個人認証サービスとはオンラインで(=インターネットを通じて)申請や届出といった行政手続などやインターネットサイトにログインを行う際に、他人による「なりすまし」やデータの改ざんを防ぐために用いられる本人確認の手段

とされています。

 

日本では、マイナンバーカードに「公的個人認証」サービスが格納されています。マイナンバーカードのIC チップには、カード表面に記載されている氏名・住所・個人番号などのほかに2種類の「電子証明書」が記録されています。インターネットなどで電子文書を作成・送信する場合、またインターネットサイトやコンビニ端末などにログインする場合には、これらの証明書と暗唱番号が必要です。

 

先日、コロナ禍の経済支援策である「特別定額給付金」の申請期限が終了しました。「特別定額給付金」のオンライン申請で市区町村の現場が大混乱したニュースは、みなさんの記憶に新しいところではないでしょうか。オンライン申請では、誤入力や二重申請だけではなく、電子証明書の期限切れ(電子証明書の有効期限は発行から5年)や暗証番号忘れに関する問い合わせも非常に多かったようです。今回のオンライン申請がここまで大きなトラブルを引き起こしたのには、マイナンバーの仕組みが大きく関わっています。

 

日本のマイナンバーは「住民基本台帳番号」をベースに作られており、地方自治体が情報を管理しています。地方自治体が管理する情報、つまりマイナンバーに紐づいた氏名・住所・性別・生年月日のいわゆる「基本4情報」の運用には厳密なルールが定められており、国と地方自治体との間で情報を柔軟にやり取りすることはできません。今回の特別定額給付金の給付では、紙の申請書類には家族に関する情報、つまり世帯情報が既にプリントされた状態で送られてきましたが、「マイナポータル」を通してのオンライン申請では、世帯情報を申請者が手で入力しなければなりませんでした。なぜなら、申請者のマイナンバーをキーに世帯情報を引き出すことが法律上できないからです。また各自治体は、申請された情報と自治体が持つ住民情報をアナログで照合する必要がありました。これらのことが、誤入力や確認の手間などの混乱の大きな原因となってしまいました。今回の日本政府の取り組みは、残念ながら行政のオンライン化に対する不信感を残すできごととなってしまいました。

 

電子政府先進国エストニアで起きていること

さて、電子政府先進国のエストニアでは、行政のオンライン化がどこまで進んでいるのでしょうか。

エストニアでは、国民は誕生とともに11桁の「国民ID番号」を付与されます。「国民ID番号」のほか、いくつかの個人情報と本人認証を行うための電子証明書が記録された「国民IDカード」の所持が義務化されており、15歳以上の全国民のほとんどが「国民IDカード」を所持しています。オンラインサービスにおけるさまざまなトランザクションが「国民ID番号」によって追跡可能になっていること、また「国民IDカード」によって徹底した身元確認が実施されていることが、エストニアの電子政府の基盤となっています。

 

「国民IDカード」は自動車の免許証や健康保険証としても利用できるほか、確定申告、企業の登記申請や年次報告書の提出、医療記録、出生届の提出、学校への入学申請、成績表へのアクセスなど、さまざまな行政サービスをオンラインで利用することができます。2005年10月には世界で初めてインターネットによる地方選挙が行われ、2007年には国政選挙がインターネット投票で行われました。インターネット選挙でも、本人認証手段として「国民IDカード」が使用されています。現在は、銀行・保険会社・駐車場サービス・インターネット接続サービスなど民間のサービスにも「国民IDカード」の活用が広がっています。「国民IDカード」は国民の日々の生活の中で非常に利用価値の高いものになっています。

 

またエストニアでは、「国民が国家を監視するため」に行政のデジタル化を進める、という風潮が強く、国家権力を行使する議員、裁判官、警察官などの行動も「国民ID番号」によって、すべて国民がチェックできる仕組みになっています。いつ誰がどんな情報を閲覧したかがすべて記録されており、個人情報へのアクセス履歴についても、本人がいつでも確認できるようになっています。理由もなく情報が閲覧された場合には罪に問うことができるため、個人情報がむやみに閲覧されたり、濫用されたりすることはありません。国民の生活が便利になるだけではなく、立法・行政・司法の透明性が非常に高いのが、電子国家エストニアのもう一つの大きな特徴です。

 

電子政府実現には、民間企業や国民の協力が不可欠

エストニアの「国民IDカード」と日本の「マイナンバーカード」を一概に比べることはできませんが、エストニアのような電子国家を実現するためには、行政が市民の要望を把握し、市民を起点にサービスを作り変えることが必要です。

 

日本政府は2023年3月末にマイナンバーカードを1億枚普及させることを目標としています。2020年9月からはキャッシュレス決済サービスのポイント付与(マイナポイント)が始まり、2021年3月からは健康保険証としての利用も始まります。しかし、一般市民が「マイナンバーカードは生活に必要不可欠で、本当にメリットがある」と感じられない限り普及率が高まることはありません。2020年6月現在、マイナンバーカードの普及率は全国で16%程度。マイナンバーカードの普及やユーザーファーストの行政サービスを、政府だけの力で進めることは難しいため、政府は民間サービスとの連携を模索し始めています。

 

そんななか注目されはじめているのが「GovTech(ガブテック)」です。「GovTech」とは、行政機関が民間企業のテクノロジーを活用して、行政のデジタル化などを進める取り組みを意味します。「GovTech」は電子政府の実現に、どのような形で貢献できるのでしょうか。次回のコラムでは、この「GovTech」について紹介したいと思います。

 

筆者プロフィール

大澤 香織
大澤 香織
上智大学外国語学部卒業後、SAPジャパン株式会社に入社し、コンサルタントとして大手企業における導入プロジェクトに携わる。その後、転職サイト「Green」を運営する株式会社I&Gパートナーズ(現・株式会社アトラエ)に入社し、ライターとしてスタートアップ企業の取材・執筆を行う。2012年からフリーランスとして活動。
北海道札幌市在住。

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