経験や勘で採用・評価する時代は終わり!? 人材マネジメントにデータ分析技術を活用する「ピープルアナリティクス」とは<デジタルトランスフォーメーションを考える18>

ピープルアナリティクスって、一体何?

ここ数年、HRテックという言葉を耳にする機会が増えました。勤怠管理・労務管理などの業務システム、求人サイト、クラウドソーシングなど、人事領域におけるテクノロジー活用が加速しています。「定型業務の効率化」を目的としたソリューションが多い印象のHRテックですが、AIなどのテクノロジーが進化するなかで、これまでとは異なる分野でテクノロジーを活用しようとする流れが進みつつあります。なかでも注目を集めているのが、ピープルアナリティクスです。

 

ピープルアナリティクスとは、「人材・組織に関するデータを収集・分析することによって、人材マネジメントを科学的に行う手法」です。評価・報酬、モチベーションや組織風土、性格や能力特性、勤怠情報や日々の活動ログなど、さまざまなデータを集めて適切に分析することで、採用や昇給、組織の活性化などに関する戦略を立てたり、マネジメントに関する意思決定の質を向上させたりする、というのがピープルアナリティクスの特徴です。最近では、ビーコンやウェアラブルデバイスなどIoT技術の進化によって、活用できるデータの種類や量も莫大に増えており、その可能性はますます広がっています。アメリカでは2011年頃からGoogleやFacebookなどの先進企業が、組織心理学や物理学などのスペシャリストが属する専門組織を設置し、人事評価や採用などの分野に統計的な解析手法を取り入れてきました。欧米でピープルアナリティクスが普及してきた背景には、組織を構成する人材の多様性や流動性の高さなどがあるようです。

 

一方日本では、新卒一括採用・年功序列・終身雇用などの慣行が長年続いてきました。「なんとなく会社の雰囲気に合っているから」といった理由で採用を決めたり、「5年このチームにいたから、そろそろ配置換え」という特に客観性のない理由で異動させたりなど、人事担当者や管理職の経験や勘を頼りに意思決定がなされることも、少なくありません。これまでのように新卒を一括採用し、固定化されたパターンで配属や昇進を決めていく組織では、経験をもとにした意思決定がそれほど大きな問題になることはないかもしれません。しかし、中途採用やグローバルでの採用が当たり前になってきた今、多様な価値観を持つ人材を一律的な考えでマネジメントすることが非常に難しくなっています。また人材の獲得競争が激化するなかで優秀な社員の定着率を高めるためには、明確な根拠に基づいた納得感のある評価を提示し、高いモチベーションで働ける環境を作る必要があります。そういった意味でも、データを活用して一人ひとりの従業員の状況を数値として「見える化」することの重要性が高まっています。

企業における事例

日本では、日立製作所やセプテーニ・ホールディングスなどが早くからピープルアナリティクスに取り組んできました。例えば日立製作所では、高い成果を挙げている「ハイパフォーマー」をグループ化し、その特徴を性格データなどと照らし合わせて人材のポートフォリオをつくっています。このポートフォリオをもとに、事業の成長に本当に必要な人材はどのようなタイプの人材で、どのチームにどれくらいに人数が必要になるのかを導き出し、新卒採用の要件や選考基準を定義しているようです。

 

またセプテーニ・ホールディングスは、「どのような個性(Personality)をもった人材が、 どのような環境(Environment)で、どのような成長(Growth)を遂げたのか」という概念を人材育成方程式として定義し、この方程式に基づいて大量のデータを蓄積、解析することで、人事施策に役立ててきました。同社が過去20年にわたって行ってきた取り組みについては、Digital HR Projectというサイトで、さまざまな情報が公開されています。

 

Googleもre:Workというサイトで、これまで同社が実施してきた人事に関する調査結果や、事例、専門家のアドバイスなどを公開しています。先述した通り、Googleは早くから人材分析の専門組織を立ち上げ、データ分析に基づいた人事管理に取り組んできました。このサイトでは、 データ分析の考え方を身につける方法、正常なデータを集めて測定基準を定めるための手順、従業員アンケートの実施などを実行に移すための内容がステップごとに掲載されています。ガイドの手順に沿って進めることでピープルアナリティクスを体系的に理解することができるようになっています。

 

導入には難しい面も……。ピープルアナリティクスの課題

さて、上記のGoogleのサイトには次のような言葉が記載されています。

「きちんとしたアンケートは手間がかかるが、いい加減なアンケートはやる意味がない」 Google 社員のモットー

 

AIを活用した高度な分析には、大量のデータが必要です。意思決定に本当に役立つ分析を行うためには、「何のためにデータを活用するのか」という目的意識と「どのような分析をするのか」という明確なイメージのもと、それに適した形でデータを集め続けなくてはなりません。また、人事担当者が分析した結果を正しく読み取り、人材マネジメントという文脈でデータを活用できる力を持っていることも重要です。

 

おそらく多くの企業では、人事データを活用して分析するということをすぐに実行するのが難しい環境にあるのではないでしょうか。というのも、一般的には採用や評価、業績管理などの業務別データは、それぞれのチームで個別に管理されており、データが共有されていなかったり、互換性がなかったりするからです。また「ハイパフォーマーな人材」を定義するにしても、客観的に評価できるスキル体系が整備されていない限り、やはりそこには評価者の主観が入ることになり、公平な評価ができません。社員に性格診断テストを実施して分析すれば、何かが見えてくるか、というとそういうわけではなく、特定の側面からしか物事を見ることができないテスト結果に対して安易に結論を出しすぎるのも危険です。本当に意味のあるピープルアナリティクスを実現するためには、日々、どんな仕事をどれくらいの時間をかけて行っているのかを「見える化」するなど、人事だけの問題ではなく、働き方改革の一環として、経営課題として取り組む必要があります。

 

先日、日立製作所は、テレワークをきっかけに「ジョブ型人事制度」を採用すると発表しました。「ジョブ型人事制度」とは、職務記述書(ジョブディスクリプション)で職務・勤務地・労働時間・報酬などを明確に定めて雇用契約を締結する制度です。先駆的な取り組みに注目が集まっていますが、もしかしたら同社がこのような新しいことに挑戦できるのも、長年にわたってピープルアナリティクスに取り組むなかで、客観的に成果を評価する基盤が構築されてきたからこそのことなのかもしれません。

 

人の経験や勘も、意思決定には欠かせない要素です。しかし、企業を取り巻く環境が複雑さを増し、フリーランスや副業など働き方が多様化する時代には、データを活用し、多角的な視点で意思決定をすることが、組織のパフォーマンスを最大化し、企業の競争力へとつながっていくことは間違いないでしょう。ピープルアナリティクスの重要性は今後さらに増していくことが予想されます。人事担当者として活躍するための条件が、データ分析のスペシャリストであること、という時代もそう遠くはないかもしれません。

 

筆者プロフィール

大澤 香織
大澤 香織
上智大学外国語学部卒業後、SAPジャパン株式会社に入社し、コンサルタントとして大手企業における導入プロジェクトに携わる。その後、転職サイト「Green」を運営する株式会社I&Gパートナーズ(現・株式会社アトラエ)に入社し、ライターとしてスタートアップ企業の取材・執筆を行う。2012年からフリーランスとして活動。
北海道札幌市在住。

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