コロナ禍で存在感を増す“フィンテック”とは<デジタルトランスフォーメーションを考える13>

テクノロジーを活用し、あらゆる人が必要な金融サービスを受けられる世の中をつくる

全国に緊急事態宣言が発令されてから1ヶ月が経ちました。国を挙げて新型コロナウィルス感染終息を目指す一方で、外出自粛・営業自粛の長期化がもたらす経済へのダメージが懸念されています。「新型コロナ」関連の経営破綻が全国で増勢しているとの報告もあります。

自粛期間中に資金繰りや雇用を維持できない企業が急増すれば、社会は不況という次なる試練に直面することになります。感染拡大の抑止を最優先にしつつも、できる限りの経済活動を行い、企業の資金繰りや雇用維持を支援することが、今、非常に重要になっています。

 

そんななか、先日の日本経済新聞に、次のような記事が掲載されていました。

政府の緊急事態宣言を受けて中小企業の経営環境が一層厳しくなる中、フィンテック勢が資金繰り支援に動いている。オンライン上で最短、即日入金する新たなファクタリング(売掛債権の買い取り)や融資で対応。従来型の金融機関と異なる手法で迅速な資金調達を可能にする。政府の支援策が行き届かない現在の状況のもとで、資金繰りを円滑にするための新たな選択肢となっている。 (日本経済新聞電子版 2020年4月8日 )

改めて説明するまでもありませんが、フィンテックとは“Finance(金融)”と“Technology(技術)”を掛け合わせた言葉です。数年前から耳にすることが非常に多くなりましたが、仮想通貨やブロックチェーンなど難しい言葉が連想され、あまり身近に感じられないイメージがあるのではないでしょうか。しかし、フィンテックの本質はこのイメージとは真逆で、これまで貧困や差別、信用力や資本力の低さなどさまざまな理由で既存の金融サービスから排除されてきた人たちに、技術の力で手を差し伸べるところにあります。

金融業界の専門用語に「金融包摂」という言葉があります。「金融包摂」とは、経済活動に必要な金融サービスをすべての人々が利用できるようにする取り組みを意味します。インターネット技術の進歩とスマートフォンの普及により、今では世界中の人々がアプリを用いた決済や送金などを簡単かつ安全にできるようになりました。こういった社会を作ってきたのは、フィンテック企業にほかなりません。この「金融包摂」というコンセプトを頭に入れておくと、フィンテック企業を理解しやすくなるかもしれません。

 

フィンテック企業の機動力が、中小企業を救う

さて、上記の記事に話を戻しましょう。従来、企業が金融機関から融資を受けるためには、過去の決算書を提出したうえで、銀行の融資担当者と面談などを行う必要があります。また、担保の提供や保証人を立てることが一般的で、融資までに数ヶ月かかることも少なくありません。しかし現在のような緊急事態下では、そんなに長い間、融資を待つことはとてもできません。

一方オンライン融資は、紙の書類や担保・保証人などを必要とせず、ネット上で審査などの手続きが完了し、短い場合は数日で資金が振り込まれます。このような即日での融資を可能にするひとつの方法が、記事にも記載されている「ファクタリング」です。

ファクタリングとは、ファクタリング会社が企業の売掛債権を買い取ることで、企業に資金(現金)を提供するサービスです。例えば、顧客に対する100万円の請求書があり、支払いが翌々月末だったとします。本来であれば顧客から入金されるのは、請求日の2ヶ月後です。しかし、この売掛債権をファクタリング会社に売却した場合、手数料が10%であれば、その手数料を差し引いた約90万円が即座に支払われます。当座のお金がどうしても足りないという場合には、非常に便利なサービスです。

 

また、クラウド会計ソフトと金融機関が連携した中小企業向け融資サービスも伸びています。これは、会計ソフトのユーザーに対して、これまでに登録された決算書などの基本情報や日々の資金繰りの状況を元に人工知能(AI)が借入可能額や金利条件を自動試算し、提携先の銀行が融資を実行するサービスです。融資を申し込むタイミングで借入可否と条件が試算されているため、ユーザーは審査を待つ必要がありません。

このほか、インターネットで不特定多数のサポーターから幅広く資金を募るクラウドファンディングなどを使用する飲食店なども増えています。フィンテック企業ならではのスピードと利便性が、今、政府や大手金融機関の支援が十分に行き届かない中小企業の新たな受け皿となっているのです。

 

フィンテックとは、既存の金融機関の外側で発展するもの

ここまで見てきてわかるように、フィンテックとは銀行や証券会社などの既存の金融機関がテクノロジーを使いはじめることを指すのではなく、金融機関の外側にいるテック企業が、テクノロジーを使って革新的、かつ誰もが使える金融サービスを生み出すことを指しています。閉鎖的な既存の金融システムへのアンチテーゼとして生まれたと言ってもいいかもしれません。

 

元祖フィンテックとも呼ばれる米ペイパル社は、クレジットカード情報などの面倒な入力や承認プロセスを簡素化するサービスでオンライン決済に革命を起こし、ネットショッピング普及の起爆剤となりました。また米スクエア社は、個人事業主や小規模な小売・飲食店が、高額な手数料を払うことなく、自分のモバイル端末を使って簡単にクレジットカード決済を導入することを可能にし、決済業界に激震を与えました。日本でもコミュニケーションツールのLINEやフリーマーケットアプリのメルカリが、スマホを活用したモバイル決済サービスを提供したり、クラウドとAIの技術を使った会計・家計簿アプリ企業が融資をしたりと、多様な分野からどんどん新しいサービスが生まれています。

価格はもちろん、ユーザビリティーやカスタマーサポートなどでの激しい競争のなかでしのぎを削るテック企業が、既存の金融業界に続々と参入することで、人々の常識は塗り替えられ、金融サービスが新しいものへと生まれかわろうとしています。既存の金融機関も、視点を変えて「顧客」というものをとらえ直す必要に迫られています。

 

先日、米政府は新型コロナの支援策として、中小企業に3500億ドルの融資枠をつくったことを発表しました。給与の支払いを肩代わりする制度ですが、これを担う民間企業として先述のスクエアのほか、電子決済大手のペイパル・ホールディングスなどが選ばれています。国家の緊急事態において、多くの個人事業主や中小企業を顧客とするフィンテック企業が重要な頼みの綱となっているようです。

 

新型コロナウィルスの危機により、思わぬかたちでデジタルトランスフォーメーションが加速し、世の中が大きくかわろうとしています。現金主義からなかなか脱却できないと言われていた日本でも、この状況下でネットショッピングの利用が増え、結果としてクレジット決済の利用が増加しています。また現金のやりとりによる感染リスクを避けるため、QRコード決済などのキャッシュレス決済の利用も増えています。社会の変化、人々のニーズに素早く対応できるのは、デジタルトランスフォーメーションに取り組んでいる企業にほかなりません。機動力のあるフィンテック企業は今後の金融業界でさらに存在感を増していくことになりそうです。

筆者プロフィール

大澤 香織
大澤 香織
上智大学外国語学部卒業後、SAPジャパン株式会社に入社し、コンサルタントとして大手企業における導入プロジェクトに携わる。その後、転職サイト「Green」を運営する株式会社I&Gパートナーズ(現・株式会社アトラエ)に入社し、ライターとしてスタートアップ企業の取材・執筆を行う。2012年からフリーランスとして活動。
北海道札幌市在住。

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