デジタルトランスフォーメーションを考える(9)〜世界各国で急成長中のオンライン診療市場〜

オンライン診療サービスの利用が急増する中国

新型コロナウィルスの発生により武漢市が封鎖されてから1ヶ月が過ぎました。現在、世界各国で感染が拡大しており、日本でも日々状況が変化しています。国内での感染拡大を受け、政府は2月25日に感染症対策の基本方針を公表しました。基本方針では、症状が軽い場合は自宅療養を原則とし、不要不急の外出を控えることなどを求めています。武漢では、軽症・重症にかかわらず多くの人が一度に病院に押し寄せたことが院内感染を引き起こし、それによって死者や重症者が急増したとも言われています。感染症の流行・蔓延でもっとも怖いのが、医療崩壊です。このような時こそ、本当に必要な人に必要な医療が届くように社会全体で配慮していく必要があります。

 

一方で、不安を抱えながら自宅療養を続けている人がいることも事実です。このまま様子を見続けて本当に大丈夫なのだろうか、病院で相談したいけれど、ウィルスをもらうのが怖くて行けない、どこまで症状が進んだら受診すべきなのかなど、自宅療養における精神的な負担も決して小さくはありません。このような状況で多くの患者を支えられる可能性があるのが、オンライン診療です。

 

中国では今回の新型コロナウィルスの感染拡大を受け、オンライン診療プラットフォームのユーザーが急増しているようです。S&P Globalの調査によると、中国でもっとも多くのユーザーを抱える医療アプリ、平安グッドドクター(Ping An Good Doctor)の2020年1月の新規ユーザー登録数は前月の9倍、相談数は前月の8倍に跳ね上がっています。院内感染を避けたいという思いが、オンライン診療を利用する動機となっているようです。

平安グッドドクターのアプリを使用すると、ユーザーは症状をチャットやビデオ通話などで医師に相談でき、病院での治療が必要であればそのまま病院を予約することができます。通院の必要がなく投薬で済む場合には、処方箋が発行され、都市部では1時間以内に薬が届けられます。平安グッドドクターはこれらのサービスを24時間365日、ワンストップで提供しています。野村総合研究所のレポートによると、平安グッドドクターは5,000名以上の医師、3,000件以上の医療機関と提携しており、1日あたりの平均相談数は53万5000件にものぼっています(野村総合研究所「金融ITフォーカス2019年6月号」より)。

平安グッドドクターを展開する平安健康医療技科は、世界最大の保険グループである中国平安保険グループのグループ企業です。平安保険は平安グッドドクターで集められたさまざまなデータを使ってユーザーに合った保険商品を提案したり、従来の保険契約者にアプリを使ってもらうことで顧客との関係強化に役立てたりしています。そのほか医薬品・健康食品などの通販サービスや遺伝子検査・人間ドックなどの紹介サービス、ユーザーの健康データ分析サービスなど、医療・健康に関する幅広いサービスを提供し、平安グループ全体で、医療サービス・通販サービス・金融サービスを融合したデジタルエコシステムを確立しています。今後は、東南アジアの配車大手Grabと組んで東南アジアでのスマートフォン診療サービスを展開することなども計画されており、同社の勢いはさらに増しそうです。

 

世界各国で急成長中のオンライン診療市場

 

ここ数年、中国のみならず世界各国でスマートフォンやIoT、AIを用いたオンライン診療サービス・オンライン健康管理サービスが急速に普及しており、ヘルステック市場への投資も活発化しています。いくつか事例を見てみましょう。

 

インドネシア

深刻な医師不足を背景に、東南アジアでは現在オンライン診療市場が急成長しています。特に注目されているのが、インドネシアのスタートアップhalodoc(ハロドック)社です。halodocは、2019年3月に約72億円を調達したことで大きな話題となりました。その後もビル&メリンダゲイツ財団やプロデンシャル、アリアンツといった大手保険会社から資金調達を行い、サービスを急拡大させています。同サービスの月間ユーザーは200万人にのぼり、プラットフォームの利用は2018年の1年間で2500%増加したと発表しています。先述の平安グッドドクターが配車サービスのGrabと提携したのと同じように、halodocはインドネシア配車サービスのGo-Jekと組み、アプリで注文した医薬品を1時間以内に配送するサービスなども展開しています。インドネシアは病院が少ないため、診察の待ち時間が非常に長く、交通渋滞も深刻です。こういった課題を解決するため、オンライン診療に期待される役割が高まっています。

 

イギリス

イギリスのBabylon Health 社は、“GP at hand”というAIドクターを提供しています。“GP at hand”では、医療診断チャットボットアプリでの診察やビデオ通話による医師との面談が可能で、診断内容によっては医療機関を紹介し、投薬で済むようであれば電子処方箋を発行して近隣の薬局を案内するか、薬剤の宅配を行います。“GP at hand”の最大の特徴は、英国国営の国民保険サービスのNHS(National Health Service)と協業しており、「初期診断」としての地位を確立しつつあることです。

ちなみにGPとはGeneral Practitionerの略で、「かかりつけ医」を意味します。イギリスでは緊急時を除いて、各個人が指定したGPに診察してもらわなくてはならず、大きな病院で専門医の診察を受ける際にはGPの紹介状が必要となります。“GP at hand”はこのGPの代替として利用することができるため、医師の負担を軽減や病院の混雑の緩和に貢献しています。

 

インド

インドでは人口1万人あたりの医師の人数が7.8人(日本は24.1人)と少なく、都市部と農村部での医療格差などの課題も抱えています。インドが直面する病院・医師不足を解決すべく、オンラインでの24時間診療サービスを提供しているのがDocsApp(ドックスアップ)です。他のサービスと同じように、問診から診察、処方箋の発行、薬の配送までスマートフォンアプリで利用できます。内科、外科、⻭科など 18 の診療分野で5,000人を超す専門医が登録されており、性科学科・精神科など、受診のハードルが高い分野でのオンライン診療も可能です。 2017年にはベッセマーベンチャーパートナーズや、日本のDeNAなどが出資を行っています。

 

イスラエル

イスラエルは国家戦略として、デジタルヘルスに取り組んでいます。個人の医療データは出生時から電子データで記録されており、統一されたデータ基盤で運用されているので、国内のどの病院からでも必患者の医療データにアクセスすることができます。また、長年にわたって蓄積された医療データを統計的に分析することにより、病気になる可能性が高いと考えられる対象者をあらかじめスクリーニングし、病気になる前の段階で診断を受けるようにうながす仕組みなども整っているようです。
イスラエルで注目されているヘルステック企業がTytoCare(タイトケア)社です。同社の最大の特徴が、喉の腫れや呼吸の乱れを測定することができる独自の診療デバイス”TytoHome“です。医師は、アプリ上のチャットやビデオ通話では把握することができない患者の状態を数値で把握し、診察に生かすことができます。他のサービスと同じく、オンラインでの診察結果に応じて病院に行くべきかどうかを医師が判断し、病院に行く必要がある場合は病院を紹介し、病院に行く必要がない場合には、アプリで処方箋を発行することができます。

 

日本におけるオンライン診療の現状は・・・?

日本では、2018年3月に厚生労働省が「オンライン診療の適切な実施に関する指針」を作成しました。4月の診療報酬改訂では情報通信機器を活用した診療として、「オンライン診察料」、「オンライン医学管理料」などを新設し、事実上はオンライン診療が解禁となっています。しかし、オンライン診療には様々な制限があり、まだ本格的な普及には至っていません。

例えば現在の指針では、「初診については原則直接の対面で行うべき」とされています。日本では、オンライン診療はあくまでも対面診療の補足的な役割として使用されるものであり、オンライン診療と投薬のみで診療を完結することはまだできません。

医療費の増大・医師不足・医療従事者の長時間労働・高齢社会・過疎化など、深刻な課題を背景に、日本でもヘルステック分野でのスタートアップ企業が増えています。2019年1月にはLINEとエムスリーの2社が共同でLINEヘルスケア社を立ち上げ、話題となりました。

 

 

今回の新型コロナウィルスの問題を通して、今後、ヘルステック分野にさらなる注目が集まることは間違いないでしょう。オンライン・オフラインの境界線が曖昧になりつつある今、テクノロジーの力を最大活用し、必要な人に必要な医療サービスが安定して供給される社会が日本でも早く実現されることを祈るばかりです。