時代の変化に対応するための「リスキリング」とは?<デジタルトランスフォーメーションを考える35>

「リスキリング」があれば「45歳定年」も怖くない!?

先日、サントリーホールディング社長の新浪剛史氏が、経済同友会セミナーで「45歳定年制」の導入について提言したことが物議を醸しました。新浪氏はのちに発言の真意を「45歳は節目で自分の人生を考えてみることは重要」、「個人が会社に頼らない仕組みが必要」、「社会がいろんなオプションを提供できる仕組みを作るべき」などの意図であったと釈明しましたが、会社からの一方的な首切りを連想させる「定年」という言葉を使用したことが反発を招いてしまったようです。

 

以前「人生100年時代の働き方、「社員の個人事業主化」について考える」のコラムでも書きましたが、技術もビジネス環境も激しく変化する今、もはや新卒から定年までひとつの会社で働き続けるという時代ではなくなりつつあります。リンダ・グラットン氏らが著した『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』に書かれているように、人生100年時代においては、どこかのタイミングで必ず学び直しやキャリアチェンジをしなくてはならなくなります。常に自分のスキルを棚卸しして、社会で長く活躍し続けられるように備えなければならないという意味では、新浪氏の発言はそこまで過激なものだとは感じられません。

 

さて今、世界では「リスキリング(Reskilling / Re-skilling)」という言葉が注目を集めています。リスキリングとは「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」を意味します(経済産業省 「第2回 デジタル時代の人材政策に関する検討会」資料「リスキリングとは − DX時代の人材戦略と世界潮流 −」P6より)。

 

リスキリングの先駆者といえるのがアメリカ AT&T社です。AT&Tは2013年に社員の学習や能力開発の年間予算を大幅に増やし、計14万人の従業員に対して新たに発生する仕事のためのスキル獲得のトレーニグを実施しました。当時、クラウドコンピューティングやデータサイエンスなど新たな技術が登場しつつあったものの、それらの技術に対応できる従業員は多くはありませんでした。AT&Tは従業員をリスキリングすることで、ビジネスモデルの柱をハードウェアからソフトウェアに転換することに成功したのです。

同社の学習プログラムは、まず将来必要とされるスキルと今自分が持っているスキルを照らし合わせてそのギャップを「見える化」し、そのギャップを埋めるために必要なプログラムを自らが選ぶというものです。そして、将来に向けてのスキルをしっかりと学んだ人はしっかりと評価するという制度も整えました。一方的に押し付けるのではなく、各自が自分の能力開発に責任を負う仕組みにしたことで、従業員は仕事に必要な技術を学ぶだけではなく、自律的に学び続ける能力をも身につけることになりました。ここで身につけた自己変革力は、従業員がAT&Tを退職したあとの成長を後押しすることにもつながっているようです。AT&Tのような環境があれば、もしかしたら「45歳定年」も怖くないのかもしれません。(このAT&T社のリスキリング事例は、『ハーバード・ビジネス・レビュー 2017年5月号(ダイヤモンド社)』の「技術が廃れても技術者は廃れない」という記事に詳しく書かれています)

 

世界経済フォーラムも「リスキリング革命」を提唱

さて世界経済フォーラム(ダボス会議)は、2020年に1月に「We need a global reskilling revolution – here’s why」(グローバル規模での『リスキリング革命』が必要な理由とは)というレポートを発表しました。

 

OECDの推計によると、今後10年間で全世界の雇用のほぼ3分の1にあたる10億以上の仕事が新たなテクノロジーによってかたちを変える可能性があるそうです。世界経済フォーラムは、2022年までに主要経済国で1億3300万件の新規雇用が創出されると予測しており、この新規雇用を満たすために、2030年までに少なくとも10億人をリスキリングする必要があるとしています。アクセンチュア社はこのまま何もしなければ、G20諸国において今後10年間で11.5兆ドルの潜在的なGDP成長率が損なわれる可能性があると試算しています。今こそ政府・企業・社会が一体となって、グローバル規模で、従業員のリスキリングに取り組まなくてはならない。それが「リスキリング革命」だ、とこのレポートは説明しています。

 

EUは2030年までの欧州のデジタル化への移行実現を目指し、今後10年におけるデジタル化の目標などを定めた「デジタル・コンパス2030」を発表しました。そのなかで、デジタルリテラシーの向上と高度デジタル人材の育成を目標のひとつとして掲げており、成人(16~79歳)の80%が基礎的なデジタル技術を取得し(現在58.3%)、ICT専門人材を2,000万人に拡大(現在780万人)することを目指しています。修士課程や研修、OJTによる先端的なスキルの習得支援に7億ユーロを割り当てる予定だそうです。

 

アメリカ政府も国民のリスキリングのために動き始めています。民間企業に向けて“Pledge to America’s Workers( 労働者への誓約)”を提唱し、2025年までに従業員にリスキリングやアップスキリングの機会を提供するよう、企業の賛同と署名を呼び掛けています。2020年8月時点で430以上の企業がこれに署名しており、Apple、HP、IBM、MicrosoftのほかCanon、Samsung、Toyotaなど海外企業の米国法人も支援を公約しています。

 

日本でも生まれ始めた「リスキリング」の波

こういった海外の動きからはだいぶ遅れている感はありますが、日本でも少しずつ「リスキリング」の波が生まれつつあります。経済産業省も「リスキリング」という言葉を啓蒙し始めており、経済産業省とみずほ情報総研株式会社が共同で開催している「デジタル人材に関する検討会」では、デジタル人材を育成するためのさまざまな課題を整理し、官民一体でのリスキリングの枠組みをつくろうとしています。

 

現状の取り組みとしては、「第四次産業革命スキル習得講座認定制度」を立ちあげ、厚生労働省の「教育訓練給付制度(専門実践教育訓練)」と連携して助成金を出す仕組みをつくり、これからの時代に必要な新しいスキルの獲得を支援しています。また、コロナ禍ではデジタルスキルを学べる無料オンライン講座を紹介する「巣ごもりDXステップ講座情報ナビ」を経済産業省のHP内に設置するなどしています。

 

独自にリスキリングに取り組む企業も少しずつ増えています。富士通は2020年度経営方針に「リスキリング」という言葉を明記し、DX企業に変革するために積極的に投資することを宣言しています。また、日立製作所は国内グループ企業の全社員約16万人を対象に、デジタルトランスフォーメーション(DX)の基礎教育を実施しています。コロナ禍で大きな打撃を受けた全日空も空港のグラウンドスタッフをIT人材へとリスキリングして、システム開発現場に投入。情報システムの内製を強化するなどの取り組みを行うなどしています。

 

企業・個人が柔軟に変革し続けられる環境へ

リスキリングを意義あるものにするためには、これから成長する職業に焦点を当てることが特に重要になります。世界経済フォーラムのレポートは、今後、データサイエンスやAI、クラウドコンピューティングといったデジタル技術に関わるものと同時に、医療・介護、環境経済、マーケティングや営業、人事などの「人」や「自然」に関わる職業でも多くの雇用が増加するとしています。

経済産業省などの資料をみていると「デジタル人材の育成」が全面に押し出されていますが、必ずしも全員が全員、データサイエンスやAIのスペシャリストになることを目指す必要はありません。それよりも既存のスキルと新しく得るスキルの掛け算によって、個人が独自の分野を生み出していくということが重要です。そして新しい能力を身につけた人々がしっかりと活躍できる環境が企業や社会に用意されていなければ、リスキリングは進んでいきません。先端技術はどんどん進化し続け、後戻りすることはありません。最新のものをキャッチアップし続け、自己変革を恐れない。そういった柔軟性が企業にも個人にもさらに強く求められていくのではないでしょうか。

 

筆者プロフィール

大澤 香織
大澤 香織
上智大学外国語学部卒業後、SAPジャパン株式会社に入社し、コンサルタントとして大手企業における導入プロジェクトに携わる。その後、転職サイト「Green」を運営する株式会社I&Gパートナーズ(現・株式会社アトラエ)に入社し、ライターとしてスタートアップ企業の取材・執筆を行う。2012年からフリーランスとして活動。
北海道札幌市在住。

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