人生100年時代の働き方、「社員の個人事業主化」について考える<デジタルトランスフォーメーションを考える23>
目次
電通の新たな人事制度「ライフシフトプラットフォーム」
先日電通は、希望する正社員を業務委託契約に切り替え、個人事業主として契約するという新たな人事制度を発表しました。
電通では副業が禁止されていますが、この制度を活用すれば、電通の仕事をしながら他社と業務委託契約を結んだり、起業に挑戦したりすることができます。電通は、この制度を「ライフシフトプラットフォーム」と名づけ、「『人生100年時代』をいきいきと生きるための新しい働き方のチャレンジ」と謳っていますが、ネット上では「体の良いリストラではないか」、「残業させ放題にする制度ではないか」などの意見も散見されました。では、本当に人件費の削減が目的なのでしょうか。
企業が正社員に退職届を出させて業務委託契約に切り替えるというのは、簡単にできることではありません。合理的な理由なく従業員を解雇できないことはもちろん、たとえ正社員から業務委託という形に変わったとしても、雇用されているときと変わらない指揮命令があったり、働く時間や場所を制限されていたりする場合には、未払残業代の請求対象となったり、労災・安全配慮義務違反の責任を追及されたりする可能性もあります。さまざまなリスク、そして先述のような批判を受けることも当然想定しているなか、あえて企業がこのような制度を導入するのは、なぜなのでしょうか。
電通のニュースは、会社と個人の関係が大きく変化していく未来を示唆しているように感じられます。ということで今回は「社員の個人事業主化」について考えてみたいと思います。
「社員とフリーランスのいいとこ取り」という働き方
電通よりも早い2017年に個人事業主制度を導入したのが、タニタです。現在約30名が個人事業主として同社で働いているようです。タニタでは職種や勤続年数に関わらず、希望する社員は個人事業主に移行することができ、Twitter担当者がこの制度に参画したことも話題となりました。
タニタの制度で特徴的なのは、個人事業主に移行した社員に対し、社会保険にかかる金額を上乗せした業務委託料を支払っているということです。個人事業主になると、健康保険料や国民年金などは自分で支払わなくてはなりません。正社員で働いていた時と比べて手取り額が目減りしないよう、それまで会社が負担してきた社会保険料の金額を個人に支給しているのです。また独立したメンバー全員が加入する相互扶助の団体を設立し、会社の設備・備品を自由に使えるようにしたり、確定申告のサポートをしたりと、さまざまなバックアップを行っています。日本では、社会的信用が必要な取引契約において、個人事業主や非正規労働者が不利な扱いを受けることが少なくないため、その点についても保証ができる方法を模索しているようです。
マーケティングサービスや決済プラットフォームサービスを展開するメタップスも、正社員とフリーランスを組み合わせた「フリーランス型正社員」という名称の雇用形態を本格導入することを発表しています。メタップスの制度は電通やタニタとは異なり、正社員として雇用した状態で、フリーランスとしての活動も認めるというものです。この制度では、週20時間以上メタップスに勤務すれば、業務内容は同社に関連する仕事をしても、自分で獲得した別企業の仕事をしても構いません。自分で獲得した仕事に関しては、メタップスとクライアントが業務委託契約を結び、社員はそれを業務命令として遂行するかたちをとるそうです。電通やタニタと違い、正社員雇用なので、福利厚生や社会保険などの面で正社員と同じ待遇を受けることができます。
このように正社員とフリーランスの「いいとこ取り」をしながら、一人ひとりが自由に、主体的に働ける環境が日本でも少しずつ整いつつありますが、企業が従業員の副業・兼業を認めるかどうかについては、いくつかのハードルがあります。情報漏洩リスクもそうですが、もうひとつの大きな壁が労働時間管理です。
労働基準法では、従業員の労働時間を本業と副業の通算で把握することを義務付けています。しかし従業員が本業として働いている企業が、副業先の労働時間を正確に把握することは非常に困難です。そこで厚生労働省は、副業・兼業促進に関するガイドラインを9月に改定し、簡便な労働時間管理方法である「管理モデル」を盛り込みました。「管理モデル」では、従業員と勤務先が、本業と副業の残業時間上限を事前に取り決め、その時間内で労働させる限りであれば、他の事業所(例えば副業先など)での実労働時間を把握しなくても、労基法を遵守できるようになっています。
アサヒビールは、2021年の1月から全従業員に対して副業を解禁することを発表していますが、副業の内容としてはコンサルタントや講師など個人事業主としての仕事を想定しているようです。個人事業主であれば、副業先の勤務時間を管理する必要がなく、労務管理の負担を軽減できるからです。もちろん長時間労働や健康管理には気をつける必要がありますが、個人事業主としての仕事であれば副業を認めるという流れは、今後大きくなっていくかもしれません。
会社と個人が対等につながる時代へ
高度成長期には、終身雇用・年功序列賃金・手厚い教育制度や福利厚生など安定した雇用制度こそが日本経済の成長の原動力となっていました。 しかしグローバル競争が激化し、新しい技術やサービスが次々と生まれる今、社員を再教育して新しいことを始めるよりも、その仕事に適したスペシャリストを労働市場から調達することの方が簡単になってきており、終身雇用に合理性がなくなってきています。副業・兼業を認め、社員にはできるだけ外に視点を向けてもらい、自社では得られないスキルや経験を獲得したり、新規事業をつくり出したりしてくれるのであれば、そのほうがよっぽどメリットが大きくなるというように、企業の考え方も変わってきています。
「【ランサーズ】フリーランス実態調査2020年版」によると、雇用形態に関係なく2社以上の企業と契約ベースで仕事をこなす複業系パラレルワーカーは281万人いると報告されています。今年は特に、新型コロナウイルス感染拡大による在宅勤務をきっかけに副業を開始する人も増えており、社員の「複業化」・「個人事業主化」の流れは、今後さらに加速していきそうです。最近では、専門的な仕事を短期で依頼したい企業と独立して短期の仕事をしたいスペシャリストをマッチングするプラットフォームも、たくさん出てきており、クラウド名刺管理・ビジネスSNSサービスを提供するSansanも、個人向けのサービス「Eight」にて、ひとつのアカウントに副業・兼業の名刺も登録できる機能を提供し始めました。ネットワーク社会が進展し、これまで見えなかった人と人とのつながりが可視化されるようになった今、どの会社に所属しているかではなく、個人としてどのような仕事をしてきたのか、何ができるのかを明確にすることが、仕事のチャンス・選択肢を広げてくれる時代が訪れつつあります。
もちろん個人事業主という立場は、正社員に比べると不安定です。労働人口の16%から29%がフリーランスワーカーとして働いているとも言われているアメリカでは、最近「フリーランス保護法」が成立し、報酬の不払いをくりかえいした発注者に罰金が課せられることになりました。また保険会社も、フリーランスが顧客から損害賠償を請求されるリスクに備える保険を発売するなど、フリーランスの労働環境を守る流れが加速しています。日本でも、どのような立場の人でも安心して働くことができるよう、社会全体が変わっていくことが必要です。
電通やタニタの制度は、いきなり独立する勇気はないという人に、まずは無理のない範囲で挑戦してみようと考えるきっかけをくれているのではないかと感じられます。もちろん、定年まで会社にいることを否定する訳ではありませんが、現実は非常に厳しいことを認識しておく必要があります。60歳から65歳に年金支給年齢が引き上げられたことを受け、政府は企業に対し、定年廃止・定年延長・継続雇用のいずれかを選択することを求めています。ほとんどの企業が再雇用というかたちでの継続雇用を採用していますが、再雇用では、定年前の仕事と同じ内容・給与の仕事ができるとは限りません。また契約期間も1年で、非常に不安定です。給料ややりがいが下がってしまうことで、不満をもつ人も少なくないようです。
会社と個人の関係性が変化しつつある今、長い仕事人生をどのように進んでいくのか。一人ひとりが考えなくてはならない時代が来ています。
筆者プロフィール
- 上智大学外国語学部卒業後、SAPジャパン株式会社に入社し、コンサルタントとして大手企業における導入プロジェクトに携わる。その後、転職サイト「Green」を運営する株式会社I&Gパートナーズ(現・株式会社アトラエ)に入社し、ライターとしてスタートアップ企業の取材・執筆を行う。2012年からフリーランスとして活動。
北海道札幌市在住。
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