医療・ロボティクスの未来を変える「電子皮膚」とは<デジタルトランスフォーメーションを考える29>

電子皮膚ってなに?

コロナ禍のこの一年、自分や身近な人の健康状態に、かつてないほど神経を尖らせながら過ごしてきたのではないでしょうか。コロナ感染拡大第一波では、街中のドラッグストアから体温計がなくなり、最近では指先で血液中の酸素量を計測するパルスオキシメーターの欠品が続いています。自宅や療養先のホテルで亡くなってしまう患者さんや長期にわたる後遺症に悩む患者さんのニュースを目にするたびに、医師が患者の病状を継続的にモニタリングし、手遅れになる前に適切な治療を提供できる環境が一日も早く整うことを願わずにはいられません。

 

人々の健康への意識が高まるなか、心拍・血圧・睡眠・活動量などの生体情報を計測するスマートウォッチや活動量計などを使う人が増えています。最近ではさらに進化したウェアラブルデバイスの研究開発が進められています。そのひとつが「電子皮膚」です。

 

電子皮膚とは、その名の通り皮膚のような形状をしたウェアラブルデバイスです。非常に薄く、伸縮性・柔軟性・通気性に富んだ素材で作られているため、身体に負荷を感じさせることなく生体データを計測できるようになります。電子皮膚は健康状態のモニタリングにとどまらず、次世代の義肢装具やロボティクスなどさまざまな分野での応用が期待されています。

 

電子皮膚が脚光を浴びている理由のひとつに、5G回線の登場があります。超高速・超大容量・多数同時接続の5Gでは、従来の回線では不可能だった膨大なデータをリアルタイムで送受信したり・分析したりすることが可能になります。電子皮膚から得られたさまざまな生体情報のデータをリアルタイムで外部デバイスと送受信し、日常的に健康管理を行ったり、緊急事態に即座に対応したりすることができるようになるのです。

 

もちろん電子皮膚の素材そのものも、急速に進化しています。カリフォルニア工科大学の研究チームは汗で発電できるバイオ燃料電池を搭載した電子皮膚を開発しました。バッテリーを要することなく、汗だけで電子皮膚のデータをBluetooth経由でコンピュータに送信する電力をまかなうことができるということです。

 

さまざまな分野に広がる電子皮膚の可能性

進化し続ける電子皮膚は、一体どのような可能性を秘めているのでしょうか。活躍が期待されている分野を少しご紹介したいと思います。

健康モニタリング

柔軟性・伸縮性に優れた電子皮膚の最大の利点は、身体のどこにでも密着させることができるということです。たとえば心臓近くに電子皮膚を付着させることで、不整脈や心筋梗塞などの心血管疾患についてより正確にモニタリングすることができます。また赤ちゃんの皮膚に貼りつければ、睡眠や呼吸の状態をモニターすることなども可能です。とくに新生児集中治療室(NICU)では、小さな赤ちゃんの身体にたくさんの線をつながなくてはなりません。電子皮膚を使ってワイヤレスでモニターすることができるようになれば、赤ちゃんにとっての負担は軽減し、保護者も触れたり抱いたりしやすくなります。

 

さて、日本では社会の高齢化とともに医療費が急増しています。今後は、治療だけではなく健康維持を目的とした医療が一層強く求められていくことになりそうです。生活習慣病は運動量や摂取カロリーなどが大きく影響します。年に数回の検査や問診だけで管理・指導することは非常に難しく、とくに糖尿病は自覚症状が出た頃にはかなり病状が進行しているというケースが少なくありません。毎日の血圧、体重、歩数、摂取カロリーなどを電子皮膚によって自動的に計測し、かかりつけ医にデータを送信できるようになれば、病気にさせないための医療を提供できるようになります。これが当たり前の世の中になれば、保険・医療を含めたヘルスケア業界に、大革命が起こりそうです。

 

薬の経皮投与

慢性疾病患者向けに、生体センサーを使って最適なタイミングで薬を自動で投与してくれる電子皮膚の開発も進んでいます。例えば糖尿病の場合、継続的な服薬が必要で、自己管理が非常に大変です。自動投薬できる電子皮膚では、患者の血糖値が一定の数値を超えると自動的に電子皮膚に搭載された針作用し、糖尿病治療のための薬を投与してくれます。薬の投与データは遠隔地のモバイル機器にリアルタイム送信される、医師は患者の状態を常にリモートでチェックすることができます。

そのほか、患者がタバコを吸いたいと思うタイミングに合わせて自動でニコチンが投与される電子皮膚なども開発されているようです。

 

人工触覚

医療のみならず、ロボティクスの分野でも電子皮膚の技術は大きく注目されています。シンガポール国立大学では、触覚を再現することができる電子皮膚を開発しています。電子皮膚を使うことで、義肢を装着した状態で形や感触、温度や痛みまでも認識できるようにすることを目指しているようです。現在、多くのロボットや義肢に搭載されているセンサーは単純なもので、人間のような複雑な操作を行うことはできません。人間の皮膚はいろいろな刺激を繊細に感知することができるのなので、触覚を再現することは簡単ではなさそうですが、もしロボットや義肢が人間に近い触覚を得られるようになれば、できることが一気に広がりそうです。

 

より正確な音声インターフェース

人間の皮膚感覚を再現できるデバイスの開発が進めば、人間と機械のインターフェースも進化していくことが考えられます。現在は、目で見て機械を操作することがほとんどです。音声で操作できる機械も増えていますが、精度はまだそれほど高くありません。そんななか、音声を検出できる電子皮膚の開発も進んでいます。この電子皮膚は、喉に装着することで声帯の動きを直接感知し、振動をパターン認識することで事前にデザインされた言語に変換して発信します。たとえ声を出さない(出せない)場合でも、言語として明瞭に発声したり、音を言語として聞き取ったりすることができるようになるようです。

 

スキンディスプレイ

東京大学と大日本印刷の研究チームはばんそうこうのように皮膚に貼り付け、動きに合わせて伸び縮みする「スキンディスプレイ」を開発しています。コンサートやイベントで電子チケットを表示したり、オフィスで入館証を表示したり、工場で産業機器のマニュアルを表示したりなどに活用することを想定しているようです。スマートウォッチよりも軽く、大きなディスプレイの活用方法に期待がふくらみます。

 

電子皮膚をめぐる課題

電子皮膚がより幅広く応用されていくためには、製造プロセスの簡素化やコスト削減など乗り越えなくてはならない課題がたくさんあります。また、生体データは非常にプライベートな情報なので、その情報をどのように管理していくかということについても深い議論が必要です。とくに日本では医療分野での規制が厳しく、生体データを取得できるデバイスの使用が制限されています(北米で2018年にリリースされたアップルウォッチの心電図機能が、今年の1月にようやく日本でも使えるようになりました)。

さまざまな課題はありますが、5Gの本格普及と電子皮膚やウェアラブルデバイスの進化によって、私たちの健康管理の常識がどう変わっていくのか、楽しみにしたいですね。

筆者プロフィール

大澤 香織
大澤 香織
上智大学外国語学部卒業後、SAPジャパン株式会社に入社し、コンサルタントとして大手企業における導入プロジェクトに携わる。その後、転職サイト「Green」を運営する株式会社I&Gパートナーズ(現・株式会社アトラエ)に入社し、ライターとしてスタートアップ企業の取材・執筆を行う。2012年からフリーランスとして活動。
北海道札幌市在住。

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