働き方改革から「幸福度」の計測まで–ウェアラブルの未来<デジタルトランスフォーメーションを考える12>
目次
感染症拡大防止にも、活躍の場を広げるウェアラブル端末
在宅勤務や外出自粛生活で運動不足になりがちな今日この頃。日々の活動量や睡眠状態を把握するために、新たにウェアラブル端末を購入したという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
スマートウォッチやリストバンド型活動量計の出荷台数は、年々増加しています。IDC Japan株式会社の調査によると、2019年の世界におけるウェアラブルの出荷台数は、前年比89.0%増の3憶3,650万台となりました。とくに成長著しいのがイヤホン・ヘッドホンなどの耳装着型デバイスです。耳装着型デバイスは年間出荷台数1億7,047万台、前年比250.5%増と高い成長率を見せています。この躍進の理由のひとつが、音声アシスタント機能だとこの調査では示しています。音声アシスタントに話しかければ、スマートフォンを取り出さずとも、音楽再生・メッセージの送受信・ルート検索などができます。リアルタイム翻訳機能を搭載している製品などもあり、今後、音声アシスタント機能がさらに進化すれば、耳装着型デバイスを使って、もっといろいろなことができるようになりそうです。
年々普及が広がっているウェアラブルですが、新型コロナウィルスの感染拡大防止に役立つ機能の開発も進められています。
Googleによる買収で話題となった注目の活動量計・スマートウォッチメーカーのfitbitは先日、新型コロナウイルス感染症の検出・追跡を目的とする米スタンフォード大学医学部の取り組みに協力すると発表しました。ウェアラブル端末の心拍数や皮膚温度、血中酸素飽和度などのデータを測定し、数値の変化に基づいて感染の可能性をユーザーに警告するアルゴリズムを開発するそうです。新型コロナウィルスの最大の特徴は、感染していることに気づかずに出歩き、感染を拡大させる恐れがあることです。自覚症状がなくても、数値が感染の徴候を示していれば、外出自粛を促すことができます。また、なんとなく気分が悪いような気がして不安が増した場合にも、数値がいつもと変わらなければ少し安心できる。そんな効果もありそうです。
また、Bluetoothを使ったビーコン端末のスタートアップであるEstimote(エスティモート)社は、近接センサーやGPSなどを使って、誰が・いつ・どこで・誰と・どのくらいの近さで・どのくらいの時間接触したかをモニターし、健康情報と掛け合わせて、感染者の濃厚接触者を特定できるという新商品を開発しました。同社はもともと、電気工事従事者の安全を守るためのウェアラブル端末を開発していましたが、今回のことで思わぬ新製品が生まれるかたちになりました。
接触者追跡といえば、先日AppleとGoogleが感染者と濃厚接触した人を追跡する技術を共同で開発するというニュースが話題となりました。ただ、Estimote社のような専用端末ではなく、スマートフォンのGPS情報を使用するという点で、プライバシーに関する大きな懸念点が残されています。また、人の行き来が激しいところで正確な位置情報を獲得することは、非常に難しいとも言われています。今後の展開に注目したいところです。
ウェアラブルを活用して生産性向上・働き方改革を実現
一般には健康管理目的で使用されることが多いウェアラブル端末ですが、ビジネスの現場では生産性向上や働き方改革を目的にするなど、用途が広がってきています。
従業員の作業効率化
日本通運は、先日、国内航空貨物でウェアラブルスキャナを導入することを発表しました(2020年4月24日 日本通運株式会社プレスリリースより)。これまではハンディターミナルを使って荷物のバーコード読み取りやデータ転送をしていましたが、腕に装着するスキャナにすることで、作業効率と作業品質を向上させ、労働力不足や総労働時間短縮など、物流現場が抱える課題解決を目指しているようです。
従業員の安全管理
富士通の「バイタルセンシングバンド」は、現場作業員の安全管理を行うためのウォッチ型端末です。作業員の心拍数・姿勢・加速度などの生体情報をリアルタイムで確認することで、管理者は熱中症や転倒事故など、従業員の危険な状態にいち早く対応することができます。
また同じく富士通の「FEELythm」 は、ドライバーの見守りツールとして、バス会社などに導入されています。耳たぶに装着したセンサーから、ドライバー自身も気づかない予兆段階の眠気を検知し、センサー本体のバイブレーションが振動することでドライバーに通知します。遠隔地の運行管理者にもリアルタイムで通知されるため、休憩などの指示を的確に出すことができます。また、ドライバーのバイタルデータと運行データを蓄積し、眠気の通知が多発するポイントをハザードマップとして登録することで、事前の注意喚起を行うこともできます。
ここ数年「働き方改革」が叫ばれ、デスクワーカーに関してはデジタル技術を活用した生産性向上の取り組みが積極的に行われています。しかし倉庫・工場・作業現場で働く人の管理は、まだまだアナログな仕組みに頼っているところが多く、本格的な働き方改革はまだまだこれから、というところではないでしょうか。適切な人員配置や労働時間の管理、休暇の取得の促進など、働き方改革におけるウェアラブルの役割は、これからますます大きくなっていくのかもしれません。
ウェアラブルで組織の「幸福度」が測れる!?
人の健康状態や安全性、仕事の生産性だけでなく、なんと組織の「ハピネス(幸福度)」をウェアラブル端末から得た情報で測ってしまおうという研究があります。研究しているのは、日立製作所の矢野和男博士です。矢野博士のハピネスの研究については、「データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則」(草思社)を読んで、ご存知の方も多いかもしれません。
矢野博士は人が身につけた加速度センサーから収集した膨大な身体運動データを分析し、人の時間の使い方や幸せの感じ方、運の強さに法則性を求める研究に取り組んできました。研究の結果、なんと人の時間の使い方・集中度・幸福感・積極性・運の良さは、人間の身体運動の活発さと関連があるということがわかったのです。また組織の幸福度も、その組織に属する人の活動量から見えてくることがわかりました。人の内面の問題だと思われていたハピネスが、実は身体的な活動量という可視化できるもので測れてしまうという研究結果は、世界に衝撃を与えました。先述の矢野博士の著書では、なぜ計画通りに物事を進めることができないのか、なぜダラダラしてしまうのか、なども加速度センサーから取得したデータをもとに解説されていてとても面白いので、ぜひ一読することをおすすめします。
新型コロナウィルスと闘うため、今、さまざまな技術が日々猛スピードで進化しています。ウェアラブルも、そのひとつです。歴史は繰り返すと言いますが、テクノロジーの進化によって、困難に対する向き合い方は、昔とは確実に変わっています。ウェアラブル端末から得られる情報の活用については、情報の信頼性やセキュリティ、大量なデータからどのようなデータを抽出し、何を分析するのかなど、考えるべき課題が多数あります。しかしウェアラブルには、目に見えないものを可視化することで、人々の生活を豊かにできる大きな可能性が秘められているように感じます。ウェラブルによって、生活やコミュニケーションが今とはまるで異なる社会が実現されるのは、そう遠くないのかもしれません。
筆者プロフィール
- 上智大学外国語学部卒業後、SAPジャパン株式会社に入社し、コンサルタントとして大手企業における導入プロジェクトに携わる。その後、転職サイト「Green」を運営する株式会社I&Gパートナーズ(現・株式会社アトラエ)に入社し、ライターとしてスタートアップ企業の取材・執筆を行う。2012年からフリーランスとして活動。
北海道札幌市在住。
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