小売業界に新たな潮流をもたらすD2CとRaaS<デジタルトランスフォーメーションを考える8>

「D2C」って一体何?

激動のデジタル時代。テクノロジーの進化は、消費者の購買行動に大きな変化をもたらしましています。Amazonを筆頭に、インターネット通販は私たちの生活になくてはならないものになりました。2019年5月に経済産業省が発表した電子商取引に関する調査結果によると、2018年の国内の消費者向けインターネット通販(BtoC-EC)市場規模は、約18.0兆円(前年16.5兆円、前年比8.96%増)に拡大しています。オンラインでの経済活動は、今後さらに活発になることは間違いないでしょう。

またSNSの登場により、商品やサービスを認知・発見してから購入に至るまでのプロセスも大きく変わりました。今や、商品やサービスについて最も積極的に情報発信しているのは、企業ではなく消費者だと言っても過言ではないでしょう。消費者の購入知識はかつてないほどに高くなっており、かつてのように「広告でよく目にするから」、「昔からあるブランドだから」という理由だけでは、企業は支持されなくなってきています。

 

このような時代を背景に、ここ数年アメリカの小売業界で大きな注目を集めているのがD2Cと呼ばれるビジネスモデルです。D2Cは”Direct to Customer”の略称で、メーカー自らが企画から生産まで行い、主にデジタルチャネルで顧客に直販します。同じようなビジネスモデルで、日本でよく知られているのがSPAです。ユニクロ・無印良品・ニトリをはじめとするSPA企業は企画から製造・小売までを一貫して行うことで低価格を実現し、店舗での販売情報を迅速に製品に反映させることで成功を収めてきました。

最近ではSPA企業もデジタルチャネルで顧客に直接販売することに力を入れているため、語義のうえでD2CとSPAとを明確に区別することは難しくなっています。では、昔からあるようなビジネスモデルが今、D2Cという名前で新たに注目されているのはなぜなのでしょうか。

 

「ストーリー」で顧客の共感を呼ぶD2Cブランド

アメリカで成功しているD2Cブランドの多くは、価格や商品のデザイン・性能だけではなく、「ブランド体験価値」を重視していることが大きな特徴です。自らの世界観をSNSなどのデジタルメディアを通して「ストーリー」として伝えることで顧客の共感を集めるとともに、顧客と直接コミュニケーションを取り、顧客と一緒になってブランドを育てているのです。

D2Cの代表格であるメガネブランドWarby Parker(ワービー・パーカー)は、ハイブランドの高額商品が市場を独占していたアイウェア業界に、一律95ドルのメガネをオンラインのみで販売するというビジネスモデルを持ち込みました。高品質で洗練されたデザインのメガネをリーズナブルな値段で手に入れることができることで人気を集め、急成長を果たしています。

同社の創業は2010年。創業者が学生時代にメガネをなくしたものの、高額で買えず、しばらくメガネなしで過ごさざるをえなかった、というのが創業ストーリーのようですが、多くのD2Cブランドが、同社のように既存の商品や商習慣に対するアンチテーゼとして生まれています。またWarby Parkerは途上国支援を積極的に行っていますが、D2Cブランドの多くが、貧困支援・動物愛護・サステナビリティ・LGBTQや人種差別反対などの社会的メッセージを発信しています。このような点も、ミレニアル世代を中心とする若い人々から支持される理由となっています。

 

さて、Warby Parkerのサービスで最も画期的なのが、メガネの試着にまつわる施策です。同社の”Home Try-On”は、自宅にいながらメガネを試着できるサービスです。サイト上で好きなアイテムを最大5つまで選ぶと、約1週間で自宅に届けられ、5日間無料で借りることができます。試着後はもちろん送料無料で返却できます。同社はここからさらに、メガネを試着した写真を#warbyparkerのハッシュタグをつけてSNSでシェアするように促す施策を展開しました。Warby Parkerの世界観に共感する多くのユーザーが情報発信することで、広告費をかけずに認知度を高めることに成功したのです。

多くのD2Cブランドが製品そのものよりも、ユーザーの求める世界観やライフスタイルを訴求することでSNSでの拡散などを喚起し、顧客を巻き込んだ形でブランドを作り上げています。どの企業もデジタルマーケティングにかなり力を注いでおり、最近では、D2Cブランドを流行させるためのクリエイティブコンサルティングが登場したり、企業がクリエイティブエージェンシーを買収したりするケースも増えています。

 

D2Cブランドが店舗で売っているのは「モノ」ではなく「体験」

さて、D2Cブランドのもうひとつの特徴が、「店舗に売上創出の価値を持たせていない」ということです。上で挙げたWarby Parkerは、アメリカ国内に複数の店舗を展開していますが、いずれもショールーム的な存在で、その場で商品を購入して持ち帰ることができません。店舗で視力検査を受けたり(視力検査の予約もオンラインで受け付けています)、商品を注文したりすることはできますが、購入したものは自宅に配送されます。Warby Parkerにとっての店舗とは、商品を手にとって試してみる場所であり、ブランドの世界観を体験する場所なのです。

ニューヨーク証券取引所に上場したばかりのマットレスメーカー、Casper(キャスパー)も同様の展開を行っています。Casperの店舗では、マットレスを売るかわりにマットレスで昼寝ができる有料スペース( ”The Dreamery” )を展開しています。Casperの寝具を使って実際に眠ってみることで顧客に製品の良さを実感してもらい、オンラインでの購入につなげるという仕組みです。モノを売らない店舗—これこそが、D2Cが小売業界にパラダイムシフトをもたらすであろう最大のポイントかもしれません。

 

新たに生まれたRaaS(Retail as a Service)というビジネスモデル

先日、D2C関連で気になるニュースを目にしました。

b8ta(ベータ)日本上陸。Evolution Venturesと合弁でb8ta Japanを設立。日本市場拡大に約11億円投資へ。夏にはアジア初進出となる2店舗を新宿と有楽町に出店
(2020年1月30日発表ベータ・ジャパン合同会社プレスリリースより:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000053185.html)

b8ta(ベータ)はRaaS(Retail as a Service)のスタートアップ企業です。RaaSとは、物理的な店舗スペースのほか、在庫管理・物流サポート・店舗を運用するためのPOSやプロダクトのデータベースなどをパッケージとして提供するサブスクリプションサービスです。店内に設置したカメラを通じて、店内での来店者の行動を収集・分析する顧客体験分析レポートサービスなども提供しています。

b8taはアメリカで、ガジェットやテックプロダクトなどを試したり購入したりできる体験型小売店を展開しています。いわゆる伝統的な小売店はメーカーや商社などから製品を仕入れ、一般の消費者に販売することが主な役割であり、販売情報は適切な仕入れをするために活用されるものでしたが、RaaSの店舗は顧客の情報をメーカーにフィードバックすることが最も重要な役割です。D2Cというと、顧客に「オンライン」で「直接」販売するという点が取り上げられがちですが、実は、最近はリアル店舗に進出する流れが加速しています。というのも、D2Cブランドが乱立する今、SNSの運用だけでは競争に勝ち抜くことが難しく、インターネットを使わない層にもリーチする必要が出てきているからです。しかしD2Cブランドは、顧客と直接つながることのできない売り方を望んでいません。D2Cブランドの登場により、小売店とメーカーの関係性は、確実に変わり始めています。

 

D2CもRaaSも小売業界の話ではありますが、顧客と直接つながり、顧客とともにブランドを育てていくアプローチは、どのような業界のどのような規模の企業にとっても、参考になる部分が多いように感じます。業界の垣根が簡単に打ち崩されるようになった今、どこにどのようなビジネスの種が転がっているかわかりません。自社のビジネスとかけ離れた業界の動向からヒントを得るのも面白いかもしれません。日本ではまだまだこれからのD2Cですが、今後その存在が小売業界にどのような影響を与え、人々の消費スタイルを変えていくのか、非常に楽しみです。

筆者プロフィール

大澤 香織
大澤 香織
上智大学外国語学部卒業後、SAPジャパン株式会社に入社し、コンサルタントとして大手企業における導入プロジェクトに携わる。その後、転職サイト「Green」を運営する株式会社I&Gパートナーズ(現・株式会社アトラエ)に入社し、ライターとしてスタートアップ企業の取材・執筆を行う。2012年からフリーランスとして活動。
北海道札幌市在住。

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