あらゆるものが「as a service化」する!?<デジタルトランスフォーメーションを考える3>

あらゆるものが「as a service化」し始めている

ここ数年、 “as a Service “という言葉を頻繁に目にします。

Software as a Service(SaaS)、Mobility as a Service(MaaS)、Gaming as a Service(GaaS)など、さまざまなが “XX as a Service (サービスとしてのXX) “が生まれています。これら“as a Service “の共通点は、商品やサービスがクラウド技術を活用した「オンラインサービス」として提供されていることにあります。

 

このなかで最もよく知られている言葉はSaaSでしょう。SaaSでは、ソフトウェアがインターネット経由で提供されます。高価なソフトウェアを端末にインストールする必要はなく、使いたい機能だけを使用し、使用した分の料金を支払います。アプリケーション同士の連携を容易にする API や多様な開発言語に対応する SDK なども用意されているため拡張しやすく、環境の変化にも柔軟に対応することができます。データはすべてクラウド上に保存されるため、自社でサーバーを用意したりセキュリティ対策を行ったりする必要もありません。SaaSの発展により、ビジネスのスピードは加速し続けています。

 

2011年、ネットスケープコミュニケーションズの共同創始者でありシリコンバレーを代表する投資家でもあるマーク・アンドリーセン氏は、ウォールストリートジャーナル紙に” Software is eating the world. (ソフトウェアが世界を飲み込んでいる)” という記事を寄稿しました。

アンドリーセン氏はそこで、

映画から農業、国防まで、ますます多くのビジネスや産業がソフトウェア上に構築されるようになっており、オンラインサービス化している。次の10年でより多くの産業がソフトウェアによって破壊されるだろう。(翻訳:筆者)

出典:https://a16z.com/2011/08/20/why-software-is-eating-the-world/

と書いています。

 

人やモノが常時オンラインでつながるようになった今、あらゆるものが“as a Service”化し始めています。アンドリーセン氏が予想した通り、「あらゆる産業がデジタル化し、多くの企業がソフトウェア企業となっていく」未来が訪れています。

SaaS をはじめとする“as a Service”のビジネスモデルを理解することが、デジタルトランスフォーメーションを目指すにあたっての、一つの重要なポイントになりそうです。

 

ミシュランはもはやタイヤを売る会社ではない

ソフトウェアや音楽、映画などはオンラインサービスで提供されることが当たり前になりましたが、ソフトウェア化・オンラインサービス化は「モノ」の世界にも広がっています。

大手タイヤメーカーの仏ミシュラン社は、いち早くトラックやバス用のタイヤにセンサーを埋め込みました。そしてセンサーからタイヤの利用状況を収集・分析し、整備時間の短縮や自動化、燃費の改善やタイヤ交換のタイミングを提案する運用コスト最適化サービスを運送業者向けに提供したのです。さらにそこからサービスを発展させ、走行距離に基づいてタイヤ使用料を受け取るpay per mile(マイル毎の支払い)ビジネスを生み出しました。pay per mileのサービスでは、運送業者は実際の走行距離に応じてタイヤのリース費をミシュラン社に支払います。「走行した距離」の費用だけを支払うというのは、まさに使用した機能分の料金のみを支払うSaaS と同じモデルです。

タイヤという「モノ」にソフトウェアを組み合わせることによって、「タイヤを売る」だけではなく、そこから派生するさまざまなサービスをミシュラン社は提供できるようになりました。

 

2018年6月には、日本のミシュラン社もソフトバンクと組んで、IoTを活用したクラウドタイヤ管理システムサービス「ミシュランTPMSクラウドサービス」をスタートしました。このサービスでは、タイヤにつけられたセンサーが、タイヤの空気圧や温度の異常値を感知すると警告を発し、運行管理者・タイヤ販売店・レスキューネットワークなどに自動でメール送信します。ドライバーだけではなく、運行管理者が複数の車両情報を手元のスマートフォン、タブレット、パソコンなどの端末で一括監視する体制を整えることで事故やトラブルを未然に防ぐことができます。

 

ミシュラン社が生み出したサービスの背景には、年々深刻化する物流業界の人材不足があります。タイヤ交換などの保守・点検は運行管理者に任せ、ドライバーは運転だけに専念する–こんな環境を実現できば、輸送効率を高めることもできますし、経験の浅いドライバーでも安心して採用することができます。タイヤをソフトウェア化することで、ミシュラン社の顧客は「タイヤが欲しい人」から「安く、安全に、効率良く運転したい人」へと広がっていきます。自動運転車とタイヤのクラウドサービスの掛け合わせも考えられますし、保険会社とのコラボレーションも考えられます。タイヤをハブとしてさまざまなサービスが融合されていく。これぞまさに「タイヤ as a Service」 と呼べるのではないでしょうか。

 

自社では何を「as a Service 化」するのか?

さて、デジタル・トランスフォーメーションの先進的な事例を目にするたびに、デジタルトランスフォーメーションを達成するには、最先端の技術を活用して、斬新な商品・サービスを生み出さなくてはならないという思いにとらわれがちです。しかし、それこそが、デジタルトランスフォーメーションを妨げる最大の理由となっているようです。

 

前回の「デジタルトランスフォーメーションを考える(2)「2025年の崖」から転がり落ちないために、どうするか」で紹介した、経済産業省発表の「DX推進指標」では、デジタルトランスフォーメーションを進めることができない理由を、下記のように記しています。

1) 「顧客視点でどのような価値を創出するか、ビジョンが明確でない 」

DXの取組状況について、よく聞かれるのが、PoC(Proof of Concept: 概念実証)からビジネスにつながらないといった悩みである。その場合の原因の一つとして考えられるのは、顧客視点でどのような価値を生み出すのか、Whatが語られておらず、ともすると、「AI を使ってやれ」の号令で、Howから入ってしまっていることにある。(また、業務改善・効率化にとどまってしまっているケースも多い。)

経済産業省「DX 推進指標とそのガイダンス」P1より

 

デジタル技術を使い、顧客視点でどのような価値を創出するのか、そのビジョンを明確に打ち立てることは、決して簡単なことではありません。しかし、デジタルトランスフォーメーションに成功している多くの企業は、DXという言葉に翻弄されることなく、どこにフォーカスを当ててテクノロジーを採用すべきかを、コア・コンピタンスに基づいてしっかりと特定し、取り組みを進めているようです。

 

企業が混乱に翻弄されるかどうかは、どんな場合も、その企業が顧客に対してどのような仕事をしているかで決まる。既存企業でも、デジタルツールを活用して、混乱をもたらす新規参入企業よりも巧みに顧客のニーズに応えられるならば、今後も繁栄できるはずだ。

ネイサン・ファー、アンドリュー・シピロフ(2019). デジタル・トランスフォーメーションにまつわる5つの誤解、ハーバード・ビジネス・レビュー 2019年12月号https://www.dhbr.net/articles/-/6260

 

ミシュラン社は、1889年創業の老舗企業です。「モビリティの発展に貢献するという」企業理念のもと、これからもさまざまな輸送機器にタイヤを提供する「タイヤ屋さん」であることに変わりはないでしょう。しかしクラウドサービスを基盤とした「タイヤ屋さん」として時代に合わせてビジネスモデルを少しずつ進化させながら発展を続けています。デジタルトランスフォーメーションは「大改革」ではなく、「小さな改革」の連続で実現するものなのかもしれません。

 

これからも自動車・建築・農業・畜産・製造・金融など、あらゆる業界で「as a Service」企業が次々と生まれてくるでしょう。業界間の垣根もますます低くなっていくことが予想されます。自分のいる業界の動きだけではなく、他分野の動きも参考にしながら、テクノロジー活用を進めていくことも大切かもしれません。

筆者プロフィール

大澤 香織
大澤 香織
上智大学外国語学部卒業後、SAPジャパン株式会社に入社し、コンサルタントとして大手企業における導入プロジェクトに携わる。その後、転職サイト「Green」を運営する株式会社I&Gパートナーズ(現・株式会社アトラエ)に入社し、ライターとしてスタートアップ企業の取材・執筆を行う。2012年からフリーランスとして活動。
北海道札幌市在住。

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