多様な人材の個性・能力を生かす「ダイバーシティ&インクルージョン」とは<デジタルトランスフォーメーションを考える22>

ダイバーシティ&インクルージョンとは?

2020年も残すところ2か月余り。今年は新型コロナウィルスのパンデミック、Black Lives Matter 運動など、世界が同時に揺れ動く出来事がたくさんありました。世界中の人たちの関心が一気にひとつのニュースに集まることに驚く一方で、問題の捉え方や対処方法が国や文化によって大きく異なることにも気づかされました。総括するのはまだ早いかもしれませんが、この一年は多様な価値観に向き合い、共に生きて行く力を身につける重要性を感じることが多かった年だったようにも思います。

 

ここ数年、ビジネスの世界でも「多様性(ダイバーシティ)」という言葉が広く認識されるようになりました。日本では「女性の活躍」という文脈で使われることが多く、CSR(企業の社会的責任)活動の一環としてとらえられる傾向も多い印象です。しかし世界の先進企業では、「ダイバーシティ&インクルージョン」という概念は、重要な経営戦略のひとつとして考えられています。

 

少し整理をしておくと、ダイバーシティとは、組織マネジメントの分野では、性別・年齢・性的指向・人種・文化/民族・国籍・宗教・障害の有無・履歴(学歴・職歴・生まれや育ちなど)の違いにかかわらず、さまざまな価値観を持った多様な人材が組織に存在する状態を指します。そして、ダイバーシティと共に使われることの多い「インクルージョン」とは、「包括・包含」という意味で、組織にいるすべての人材が、それぞれの経験や能力や考え方を生かして仕事に参画する機会にある状態を指します。

多様な人材を受け入れるダイバーシティ、そして一人ひとりの個性や能力を生かすインクルージョン。その両方の取り組みを同時に行ってはじめて、多様な人材が活躍できる組織を作ることができるのです。したがって、ダイバーシティ&インクルージョンは、ただ単純に「外国人や女性を雇用しよう」という話ではありません。

 

ダイバーシティ&インクルージョンに、企業が取り組むべき理由

基本的人権という意味でダイバーシティ&インクルージョンが重要であることは、多くの人が理解するところでしょう。しかしいざ自分の会社で多様性を実現しようとすると、本当にそれが必要なのか、あえて取り組むメリットがあるのか、迷いが生じてしまうようにも思います。なぜ今企業は、ダイバーシティ&インクルージョンに取り組まなくてはならないのでしょうか。

 

一つは、イノベーションの観点からの重要性です。イノベーションは、既存の知と既存の知が組み合わさることで生まれるといわれています。つまりイノベーションを生み出すためには、組織の中に多様な発想や価値観、経験値が混在している必要があります。ビジネスがグローバル化する今、製品やサービスを提供する企業が多様性を受け入れていなければ、多種多様な顧客のニーズを理解することもできないでしょう。

企業が短期的な成長を目指すのであれば、多様性を排除し、似たような価値観を持つメンバーが一丸となって猪突猛進する方が早い場合もあります。しかし組織が早急に意思決定しようとすると、その結論が正しいかどうかを適切に判断する能力が著しく欠如する可能性があるのです。集団で決定された意思や方針の質が、個人で考えたものよりも劣ってしまう現象を社会心理学で「グループシンク」と呼びます。日本語では、集団浅慮(しゅうだんせんりょ)とも呼ばれます。「グループシンク」は均質性の高い組織で起きやすいといわれており、これを防ぐには全く違う立場からの異なる意見を受け入れることが重要です。

 

ダイバーシティ&インクルージョンに取り組むべきもう一つの大きな理由は、人材不足の解決です。日本では少子高齢化がとてつもないスピードで進んでいます。労働人口が大幅に減少するなかでは、性別・国籍・年齢・学歴・障害の有無にかかわらず優秀な人材を採用し、その能力を最大限に発揮させることが企業の生き残りの鍵となります。また、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方を提供すること、どんな人にも平等でオープンな職場環境を実現し、職場の魅力を高めることなども非常に重要です。

 

最近では、ダイバーシティ&インクルージョンへの取り組みが収益性の高さに直結しているという調査が多数発表されています。内閣府男女共同参画局のレポートでは、フォーチュン500企業の中で、女性役員比率の高い企業とROEなどの企業収益率の高さの間には、相関関係が見られるとしています(参考:内閣府男女共同参画局 ”女性の活躍状況の資本市場における「見える化」に関する検討会 報告12/12/13″)。

さらにここ数年、機関投資家が企業に女性や社会的マイノリティの役員を増やすように促す流れも生まれてきています。資産運用会社のゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントは、「取締役会に女性がいない会社の取締役選任議案に反対する」という議決権行使の基準を発表し、実際に多数の企業の株主総会で反対票が投じられました。こういった動きを見ても、ダイバーシティ&インクルージョンの問題はCSR活動や人事部門の仕事ではなく、すべての企業が取り組むべき経営課題だということがよくわかります。

 

最大の壁は、「無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)」

さて、ダイバーシティ&インクルージョンを実現するうえで、最も大きな壁となるのが、誰もが持つ「無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)」だと言われています。人は自分と似たような見た目をしていたり、自分と同じようなバックグラウンドを持つ人の話を信頼したりしがちです。「自分は偏見など持っていない」と思っていても、誰もが根拠のない思い込みによって人を判断してしまうという性質を持っています。偏見や差別は多くの場合、無意識のうちに行われているのです。

 

最近では社員教育の研修として「無意識の偏見」を取りあげる企業も増えており、Microsoft社はeラーニングの教材を無料で公開しています( https://www.mslearning.microsoft.com/course/72169/launch )。異なる価値観・バックグラウンドを持つ人を理解し、尊重する第一歩は、自分の中にも何らかの偏見や思い込みがあることを認めることから始まります。そして、その偏見の所在がどこにあるかに向き合うことが必要不可欠です。

 

欧米では、より多様性のある組織を作るべくCDO(Chief Diversity Officer)というポジションを設ける企業が増えています。日本でも経済産業省が「ダイバーシティ経営」を推進し、実際に効果を表している企業を「新・ダイバーシティ経営企業100選」として表彰するなどしています。同性パートナーを配偶者として認めるように社内規定を改訂したり、イスラム教徒の社員のために礼拝や食事などの対応を進めたりする企業のニュースを目にすることも多くなりました。しかし、制度があればダイバーシティ&インクルージョンが実現されるかというと、そうではありません。どんな人にとっても働きやすい環境を作ることはとても大切ですが、最も重要なのは、制度そのものよりも組織・社会を構成するひとりひとりの態度・姿勢です。

 

多様なバックグラウンドを持つ人が集まるビジネス環境において、先入観にとらわれずにお互いを認め合い、個々の価値観を尊重する文化を作ることは簡単にできることではないかもしれません。しかし、もはや単一的な価値観やバックグラウンドを持つメンバーだけでビジネスを成功させることが難しい時代がやってきています。なぜなら、インターネットを基盤とするデジタルビジネスには、人種も国籍も性別も障害の有無も関係ないからです。言語や物理的な距離を超えてビジネス競争が加速していくなか、ダイバーシティ&インクルージョンとどのように向き合っていくのか。一人ひとりが自分ごととして考えることが、今求められています。

筆者プロフィール

大澤 香織
大澤 香織
上智大学外国語学部卒業後、SAPジャパン株式会社に入社し、コンサルタントとして大手企業における導入プロジェクトに携わる。その後、転職サイト「Green」を運営する株式会社I&Gパートナーズ(現・株式会社アトラエ)に入社し、ライターとしてスタートアップ企業の取材・執筆を行う。2012年からフリーランスとして活動。
北海道札幌市在住。

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