120年ぶりの民法改正で「瑕疵担保責任」が無くなる?

本記事はEnterpriseZine「知らなかったでは済まない企業システムに影響がある法改正」転載記事です。(2017/10/27 06:00掲載)

民法の大幅改正により、システム導入の際に用いられる契約にも影響があります。

今回は、本改正によるシステム導入ユーザーに与える影響について解説していきます。

 

 

民法が120年ぶりに改正

民法が120年ぶりに改正されることになります。現在2017年の120年前というと、1897年ですから、日本は明治30年です。「戦前」「戦後」という言葉で表現すれば、1897年は日露戦争の「戦前」で、日清戦争の「戦後」です。2017年9月現在、世界最高齢の方(日本人)は110歳代ですので、1897年を生きた人は、一人もこの世におられないことになります。平成29年の私たちが昭和を思い出すのと同様の感覚で、明治30年の人達は、「江戸は遠くになりにけり」と思っていたかもしれません。

 

このように、はるか昔に締結された法律ですから、現在の感覚と合わない事もたくさんある事でしょう。改正されるのは民法の債権に関する部分で、2017年5月26日に成立し、6月2日に公布されました。施行は公布から3年以内と定められていますので、2020年までに施行されます。改正はおよそ200の項目でなされており、そこには、情報システム契約にも関わる重大な法律改正が含まれています。2020年にやってくるのはオリンピックだけではないのです。

 

情報システム契約に関わる部分だけではなく、「保証人」に関することや「法定利率」「マンション等の賃貸契約終了時の原状回復」などなど、私たちの日常生活に関わる重要な法律改正が含まれていますので、ご興味があれば法務省のWEBサイトをご覧ください。

 

瑕疵担保責任が無くなる?

情報システム関連の契約方法は「請負契約」「準委任契約」「労働者派遣契約」の3種類が一般的ですが、瑕疵担保責任が関係するのは「請負契約」です。

 

「請負契約」はシステム開発ではシステムそのもの、付随するドキュメント等を完成品として納品する完成義務があります。

 

なお、民法改正により、現行民法では作業に対して報酬が支払われる準委任契約においても、仕事の完成に対して報酬を支払う方式の契約が可能となります。本稿では詳細説明は省きますが、請負の完成義務とは少々異なります。

 

請負契約における瑕疵担保責任とは何なのかということを改めて説明しますと、完成品に瑕疵=傷・欠陥があった場合に保証する責任があるという事です。システム導入で言えば明らかな仕様実装ミスや重大なバグ等が対象となりますが、今回の改正で、瑕疵担保責任という表現は法律から消えることになりました。

売主(ベンダー)の責任が無くなるわけではない

では、民法改正により、開発ベンダーはどんなシステムを納品しても補修の義務も責任も負わないのか?というと、もちろんそんなことはありません。

 

瑕疵担保責任は(1)「契約不適合担保責任」に名称が変更され、責任追及において(2)「代金減額請求権の追加」、(3)「請求権の起算点変更」等の改正がなされています。また、買主(ユーザー)の責任として(4) 「契約中断における支払い義務」が追加されています。

 

それぞれについてご説明していきます。

契約不適合担保責任

変更後の名前は「契約不適合担保責任」となります。つまり、契約と合っていない。非常に単純です。この名称変更の意図が、法務省による、「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」に記載されています。

 

簡単に該当する部分を要約しますと、

  • 瑕疵という言葉は法律用語として定着しているが、難解であり、場合によっては物理的な傷のみが想起される。
  • 瑕疵が何を指すかという問題において「契約の趣旨に照らして備えるべきと認められる品質,数量等に適合していなければならない」と定義するのがわかりやすい。

ということで、名前は変わりましたが現実に即して内容をわかりやすくしただけで、本質としては変わっていないといえます。

 

改正民法の契約不適合責任に関する法律条文は下記のとおりです。

第五百六十ニ条
一 引き渡された目的物が種類,品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは,買主は売主に対し,目的物の修補,代替物の引き渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし,売主は,買主に不相当な負担を課すものでないときは,買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。

ニ 前項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは,買主は,同項の規定による履行の追完の請求をすることができない。

 

代金減額請求権

現行の民法では、瑕疵が修復されない場合の買主の対抗手段として、「契約解除」「損害賠償」の2つがありました。改正民法では、「代金の減額請求権」が加わります。

 

それなりの期間に補修を催促し、その期間内に補修されない場合は、代金減額請求ができるようになります。契約解除、損害賠償に比べソフトな対応といえるので、現実的な妥結点として訴えを起こしやすくなるのでは無いでしょうか。

 

改正民法の代金減額請求権に該当する条文は以下のとおりです。

第五百六十三条前条
第一項本文に規定する場合において、買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告を し、その期間内に履行の追完がないときは、買主は、その不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができる。

 

請求権の起算点変更

瑕疵担保責任の瑕疵は、現行民法の条文では「隠れた瑕疵」となっています。例えばシステムのバグにしても、納品直後ではわからなくても、3ヶ月、6ヶ月後に判明するものもあります。そういった場合に発注者を保護するために、現行の瑕疵担保責任では、納品後から1年以内に発見し権利行使した瑕疵については、補修する責任を課しています。つまり、起算点は納品日ということになります。現在は、納品日から1年を超えて発見した問題に関しては、ベンダーに責任はありません。

 

改正後は、「不適合の事実を知ってから1年間」となります。起算点が納品日では無く、事実を知った日となっています。但し、永久の権利ではなく上限が有り、5年で時効として権利は消滅します。1年だったものが5倍になるわけですから、発注者としてはとても有利な改正といえます。

図1:現行民法と改正民法における請求権の起算点
※現行民法では担保責任追及のトリガーについて「権利行使」改正民法では「通知」と表現しています。「権利行使」が裁判上の権利行使までは求めないという判例があり、「通知」という簡便な表現となりました。

 

改正民法の請求権起算点に該当する条文は以下のとおりです。

第五百六十六条
売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から一年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、この限りでない。

 

契約中断における支払い義務

ユーザーとしてはベンダー側の責任の範囲が広がるので、いいことばかりかというと、それだけではありません。今回の改正により、いままでは完成責任に則り納品検収後にしか発生しない債務について、中断時の中途成果物によって得られた利益に応じて支払わなくてはいけない義務が発生します。これは例えば、プロジェクト中断時の仕様書等を利用して、他のベンダーが開発を引き継ぎ、システムを完成させた場合などが考えられます。この改正は、ベンダー保護と言えるでしょう。

 

改正民法の契約中断における支払い義務に該当する条文は以下のとおりです。

第六百三十四条
次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。

一 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。
ニ 請負が仕事の完成前に解除されたとき。

 

契約書の内容を要確認!

ここまでご説明してきた内容を表にしてみます。

図2:本稿で記述した民法改正の内容

 

施行は2020年ですが、システム導入には年単位となるものも多いため、1,2年後には契約時点では改正前、納品時は改正後という契約も増えてきます。そういったプロジェクトでは、改正内容を考慮する必要性もあります。

 

契約自由の原則により、法律施行後も、システム導入の際の基本契約において現行の瑕疵担保責任同様に「契約不適合責任の期間は納品後1年以内とする」という内容で合意すれば、契約書が優先されますので注意が必要です。契約書に何も記載がない場合は、5年という民法の内容が適用されます。

 

また、「契約不適合担保責任」は「目的物が種類,品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」の場合の責任ですが、種類・数量はともかく、「品質」をどこまで契約事項として定義するかという事は、改正後の契約書において争点になりそうです。

 

契約内容が厳しくなると費用が増加する

一方、ベンダー側としては、従来の瑕疵担保責任と同様の納品後1年と、改正後の5年では、見込まれる工数が全く異なってきます。民法に即した期間で契約した場合、保守契約の締結率も下がるであろう事が予想されます。品質にしても同様で、システムのレスポンス等細かい所も含めて契約書に明記を求められるかもしれません。

 

そうなると、現在と比較して、ベンダー側は五年先にまでかかる工数を見込んでおかなくてはいけませんし、品質の向上のためにテストにより多くの人数/期間をかける必要があります。当然、同じ金額で対応することは出来ませんので、責任範囲の拡大に応じて、今でも非常に高価であるシステム導入の費用がさらに増加する事になります。

 

今後の展望

ベンダー側としては、契約不適合責任の範囲が1年の場合と5年の場合でユーザー側が選択できるようなメニューを用意する場合もあるでしょう。現実的には、コストアップを嫌って両社合意の元、しばらくは現行法と同様のレベルで契約を結ぶケースが多いと思います。同様に、現行法で既に契約している内容を改正民法に則り変更することも、容易ではないと考えます。

 

一方、クラウドサービスの契約においては瑕疵担保責任を放棄し、かつ全ユーザー一律の契約書で個別の修正を受け入れない場合が一般的です。この民法改正を機に、ソフトウェアベンダーが、個別のカスタマイズによる不具合の発生しやすいオンプレミス型のシステムからクラウドサービスへ、より一層注力していくことも予想されます。

 

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