いま改めて考える「偽装請負」~アジャイル開発ではなにが偽装請負と判断されるのか~

日経コンピュータ2022年1月6日号に「アジャイルの偽装請負リスク 過度な対策で柔軟性を失う恐れ」という記事が掲載されていました。この記事ではアジャイル開発において偽装請負リスクに恐れるあまり過度な対策で柔軟性が損なわれる可能性とその改善に向けた厚生労働省の文書公表などについて紹介されています。

今回は「偽装請負」について、少し考えてみたいと思います。

 

請負契約、準委任契約、派遣契約の違いと偽装請負問題

まずは、請負契約、準委任契約、派遣契約のそれぞれの違いを改めて確認してみましょう。請負契約とは労働の結果として仕事の完成を目的とする契約、準委任契約とは一定の期間において定められた業務の処理を行う契約、派遣契約とは発注主(派遣先)へ労働者を派遣し発注主の指示のもと労働に従事させることを目的としている契約です。

そもそも目的が異なる契約ですが、主な違いをあげるとすると「仕事の完成責任」と「労働者に対する指揮命令」に関することになります。

まず「仕事の完成責任」については、請負契約は「仕事の完成責任がある」、準委任契約と派遣契約は「仕事の完成責任がない」という違いがあります。

もう一つの「労働者に対する指揮命令」については、請負契約と準委任契約は雇用主が労働者に対して仕事の指揮命令を行うことができ、発注主(依頼主)は労働者に直接指揮命令することはできません。一方、派遣契約の場合は、発注主(ここでは派遣先)が労働者に対して指揮命令を行うことができるという点が大きな違いです。

 

この辺りの詳しい内容は「 勤怠管理の基礎知識(6)請負?準委任?派遣?IT業でよく見る契約形態と気をつけるべきポイント 」にて解説していますので、そちらをチェックしてみてください。

 

今回のテーマである「偽装請負」は「労働者に対する指揮命令」に関する違反のことを指します。具体的には請負契約もしくは準委任契約にも関わらず、発注主(依頼主)が労働者に直接指揮命令を行うことを「偽装請負」といい、法律違反になります。労働者派遣法第59条2号により1年以下の懲役または100万円以下の罰金に処せられることもあります。

 

アジャイル開発ではなぜ偽装請負のリスクがあるのか

ではなぜアジャイル開発で偽装請負が問題になっているのでしょうか?そのためにはまずはアジャイル開発というものを理解する必要があります。

 

アジャイル開発とは、ソフトウェアやシステムなどの開発プロジェクトの手法のひとつです。システム開発で主流であるウォーターフォール開発の場合は、最初に全体の要件定義を行い、設計、実装、テスト、運用と工程を分けて順番に進めていきますが、アジャイル開発の場合は、小さい単位(機能)で設計、実装、テスト、リリースを繰り返しながら開発を進めます。

アジャイル開発では小さい単位(機能)が短いサイクルでリリースされていくので、ウォーターフォール開発に比べて、よりスピーディーに機能(システム)を使えるようになり、また顧客の要望の変化に対応しやすいというメリットがあります。

アジャイル開発手法を実現するために、すべての工程(設計、実装、テストなど)を同じチームメンバーが担当します(ウォーターフォール開発は、工程ごとに専門のメンバーが参加することが多いです)。

 

このようにアジャイル開発は同じチームメンバーがすべての工程を行いスピーディーに開発・リリースを行うため、チームメンバー間のコミュニケーションが重要になってきます。

そこで今回ポイントとなるのが、この「コミュニケーション」です。

通常、アジャイル開発のチーム内にはソフトウェアやシステムの発注者と受注者が含まれます。前述した通りアジャイル開発にはコミュニケーションが重要なのですが、発注者から受注者へのコミュニケーションが「偽装請負」となる可能性があるのではないかと考えられているのです。

 

厚労省がアジャイル開発に関して疑義応答集を発表

このアジャイル開発と偽装請負に関して、厚生労働省が「 『労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準』(37 号告示)に関する疑義応答集(第3集) 」を公表しました。こちらの文書では、以下の項目についてQ&A形式で回答しています。

  • アジャイル開発と契約方式
  • 基本的な考え方
  • 管理責任者の選任
  • 発注者側の開発責任者と受注者側の開発担当者間のコミュニケーション
  • 開発チーム内のコミュニケーション
  • 会議や打ち合わせ等の参加
  • 開発担当者の技術・技能の確認

 

その中の一つの「基本的な考え方」のQ&Aを見てみます。

Q2 アジャイル型開発は、発注者側の開発責任者と発注者側及び受注者側の開発担当者が一つのチームを構成して相互に密に連携し、随時、情報の共有や助言・提案をしながらシステム開発を進めるものですが、こうしたシステム開発の進め方は偽装請負となりますか。

A2

(略)

アジャイル型開発においても、実態として、発注者側と受注者側の開発関係者(発注者側の開発責任者と発注者側及び受注者側の開発担当者を含みます。以下同じ。)が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っていると認められる場合には、受注者が自己の雇用する労働者に対する業務の遂行に関する指示その他の管理を自ら行い、また、請け負った業務を自己の業務として契約の相手方から独立して処理しているものとして、適正な請負等と言えます。

したがって、発注者側と受注者側の開発関係者が相互に密に連携し、随時、情報の共有や、システム開発に関する技術的な助言・提案を行っていたとしても、実態として、発注者と受注者の関係者が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っていると認められる場合であれば、偽装請負と判断されるものではありません。

他方で、実態として、発注者側の開発責任者や開発担当者が受注者側の開発担当者に対し、直接、業務の遂行方法や労働時間等に関する指示を行うなど、指揮命令があると認められるような場合には、偽装請負と判断されることになります。

(略)

『労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準』(37 号告示)に関する疑義応答集(第3集)より引用

 

このようにアジャイル開発において、発注者と受注者間で密にコミュニケーションをとっても対等な関係受注者が自律的に判断して開発を行っていれば「偽装請負」にあたらない明示されているので、正しい手法でアジャイル開発を行っていれば問題ないことが分かります。

もし、受注者の開発担当者に対して、業務や労働時間などに関して指示をする必要がある場合は、受注者側の管理責任者を立て、その責任者が開発担当者に指示することで対応できます。

 

偽装請負になる可能性はアジャイル開発だけではない

アジャイル開発の特性上コミュニケーションに重点がおかれるため、「偽装請負」の恐れが取り上げられましたが、もちろんアジャイル開発だけが「偽装請負」になる可能性があるわけではありません。

システム開発業では、請負契約や準委任契約(システム開発業の場合はSES契約)であっても、発注者の社内にて受注者(開発者)が業務を行うことはよくあります。それ自体は問題ないのですが、発注者から受注者に対する何気ない指示が指揮命令として判断され、偽装請負になる恐れがあるのです。

 

請負契約や準委任契約によるシステム開発において重要なことは以下になるのではないでしょうか。

  • どのような契約であるのかを正しく理解する
  • 開発の進め方、役割分担などを発注者・受注者ともにあらかじめ認識合わせをしておく
  • 発注者と受注者は対等であるという意識を持つ
  • 受注者は自律的に判断し業務を遂行する

 

 

今回、アジャイル開発によってあらためて「偽装請負」のリスクについて考える機会となりました。

アジャイル開発はメリットも多い開発手法です。今回ご紹介した「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(37号告示)関係疑義応答集」を参考に、正しい理解のもとに開発プロジェクトを進めていきましょう。

 

 

参考URL:

厚生労働省 労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(37号告示)関係疑義応答集
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/gigi_outou01.html

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